金沢湯涌江戸村 旧松下家・旧山川家◆おカネある人の住んでる家はやっぱりスゲー
2022年04月27日
金沢の奥山にある古建築のワンダーランド、それが金沢湯涌江戸村です。
簡単に言えば江戸時代の民家・屋敷を移築保存している建築博物館、そんな場所です。
この施設の大まかな概要は以前に1度ご紹介しました。
今回改めて、それぞれの建物について細かくレポートしていきます。
では全体マップ。
入口入って最初に並ぶ2棟が商家(旧松下家・旧山川家)。
その向こうに宿場問屋屋敷が1棟(旧石倉家)。
真ん中に武家屋敷が2棟並び(旧永井家・旧平尾家)、最奥に農家が4棟(旧平家・旧高田家・旧園田家・旧野本家)。
以上計9棟の建築が江戸時代(ほぼ)そのままの姿で残されています。
ま~素敵なんですわ、これが。
なんたって全部本物ですからね。
説得力が違う!
1発目は旧松下家。
種物商(たねものしょう)と茶店を営んでいた商家です。
スゲーな、屋根の上の石。
本当にこんなにいっぱい置いてたんですかね?
この家は板葺き屋根だったため、風で飛ばないようにこうして重し代わりに石を乗せてたんですけど。
それでもこんだけ乗せると建物への負担キツそうだなー。
内部の間取りはこんな感じ。
まず土間があり、左手に店の間。
そのまま通りニワと呼ばれる通路に繋がり、左手に帳場→仏間→座敷、右手に台所。
構造としては比較的シンプル。
これに2階もありますが、そっちは非公開となっています。
帳場の様子。
帳場とはお会計をする部屋ですね。
部屋中央にはそのための番台がでーん!
江戸時代感あるわ~。
きっとこの番台に主人が座って、バリバリお金徴収しまくってたんでしょうね。
そして稼いだカネを数えながら、うっひっひっ♪とほくそ笑んでいたのでしょう。
うらやましい・・。
座敷は奥に床の間を備えたフォーマルな仕立てとなっています。
左側は天袋と違い棚を備えた床脇、右側は付書院を備えた本床。
何気に天袋の引き戸が金箔で豪華にデコレーションされています。
やっぱカネ持ってたんでしょうね、この家。
商家らしからぬレベルの高さ。
稼いだカネ数えながらひっひっひっ♪と笑う声が聞こえてきそうです。
続いて旧山川家。
こちらは武士相手に金融業や米仲買商を営んでいた商家です。
デケーな。
今でも十分豪邸で通用する規模。
正面の弁柄色がギンギンに光ってて、金持ち感全開。
メチャクチャ羽振り良かったんでしょうね、こんな家建てられるなんて。
なんか今でもオーラが出てるようです。
内部の構造。
玄関を入ってそのまま通りニワ→台所。
通りニワに面する形で店の間があり、その奥に前座敷→中座敷→畳廊下→奥座敷。
畳廊下はさらに奥に繋がっていて、先には仏間と茶室があります。
あと2階もありますが非公開。
土蔵も非公開です。
まずは店の間。
部屋全体が江戸時代の空気でむんむん。
なんだか時代劇の舞台に飛び込んだような感覚になります。
梁の太さがハンバないですわな。
構造的にはこんな太さ必要ないはずですけど、多分見栄なのでしょう。
おらー!カネあるぞー!的な財力誇示です。
今で言えば玄関入っていきなり本虎皮の敷物がどーん!とある、みたいなイメージですかね。
この天井がまたスゲーですわな。
梁と束が縦横無尽にガチガチガチーン!
抜けのいいダイナミックな空間を展開しています。
そしてこの「高さ」、実はこれにはある重要な意味が隠されています。
それは火止め。
火は基本的に横より上に燃え移ります。
つまり万が一火事になった際、ここで火を上方向に誘導して延焼を遅らせるのです。
その間に大事な家財を運び出したり、延焼しそうな他の建物を先に壊して撤去してしまったりするんですね。
こちらは奥座敷の様子。
これまた金持ち感強烈ですな。
立派な床の間をしつらえ、壁は全面弁柄色。
マネーパワービームがギンギン飛んでくるようです。
特に床の間がええですわな。
格調高い本床に畳を敷いて、右側には大きな付け書院を置いて。
家主の高い文化性が感じられます。
さらに奥には小さな茶室もあります。
その名も『通楽庵』。
この家の主は茶人でもあったそうで、趣味で追築されたものだそうです。
これが狭くて暗くて、ガチガチ貧相な造りになってましてね。
いわゆる「利休好み」と呼ばれるスタイル。
この狭さが主と客との精神的距離を縮め、真に向き合える環境を作るらしいんですけど。
相手が悪いと逆に地獄だな(笑)。
以上、金沢江戸村の商家2棟を見てきました。
今も昔も、カネなんてあるトコにゃちゃーんとあったんですね。
才覚のある者はガッポリ稼いでいい家に住んでたんです。
ん~うらやましい!
次回はこの奥にある旧石倉家を見ていきます。
こちらは江戸時代に宿場問屋を営んでいた御屋敷。
金沢湯涌江戸村最強のビッグハウスです。
中華食堂 元 エビチリ丼 肉厚のエビが豪快感爆発
2022年04月25日
この日は早起きして、朝からぶ~らぶら。
朝っぱらから勝手気ままにブラつくって気持ちい~♪
朝っぱらから勝手気ままに酔っ払ってる方がもっと気持ちいいけどな。(←?)
そんなこんなしてる内にお昼になり、車を走らせながらメシ屋を物色。
ちょうど目に入ったのが中華のお店、元。
何度も前は通ってるけど、入るのは今回が初めてです。
店内はカウンター+座卓。
わたしはお独りさまなので迷わずカウンターに座り、メニューを拝見。
中華の定番がズラリと並ぶ中、しばらーく悩んで選んだのが”エビチリ丼”。
サイズはもちろん大盛りにして、食べたおします。
エビチリ。
デケーのよ、エビが。
しかも肉厚で、かぶりつき感ダイナミック!
豪快に歯を吸い込み、ひと噛みごとにぶるっぶる震える。
そして味もデカいんだわ。
ムキムキフルボディな味をぼん!と膨らませ、その上に甘辛いチリソースが程よい刺激を乗せ。
充実感あふれるうま味がどろっどろに舌を舐めまくる。
野菜もいいですな。
絶妙な火の通し加減でバリバリ小気味よく、甘みはシャキッとシャープ。
ビッグ・テイストなエビと軽やかに絡む。
そんなパフォーマンス抜群のエビチリをごはんと一緒に。
ごはんはふわふわ柔らか。
中華料理屋にありがちなパサつきがなく、伸びのいい甘さ。
ここにベットベトに染みたチリソースがもータマランのよ。
ソースの甘辛さがごはんの甘みを引き立て、ピリつく酸味が大量の唾液を誘い。
さらに肉厚のエビがムッキムキに味を太らせ。
ひと口ひと口が暴力級のインパクト!
付属のみそ汁。
味噌の濃度は薄め。
ライトな植物香がすっと抜ける。
具はそこそこの量のワカメとネギ。
ワカメのゴリゴリ感とネギのシャキシャキ感との対比が鮮烈で、さらに味噌の塩気が味をキッと引き締めて。
小柄ながらもメリハリの利いた味わい。
完食。
元の”エビチリ丼”。
ド定番中のド定番、その期待にキッチリ沿った美味さあふれる一皿でした。
ただ!
大盛りにしてはごはん少ないなー。
腹いっぱい食えてナンボの中華なんだからさ、この1.5倍は盛って欲しいわ。
ごちそうさま。
[参考]
・エビチリ丼:850円
・大盛り:100円
野々市市ふるさと歴史館 ディープに浸かるゼ、古代縄文ワールド
2022年04月23日
御経塚遺跡の真ん前にぽこっとある、野々市市ふるさと歴史館。
縄文時代の出土遺物の展示をメインに行っている、縄文フリークにはわくわくのワンダーランドです。
ただ少々不案内でしてね。
知ってないと、え?ココ勝手に入っていいの?的な雰囲気があります。
通りがかりにたまたま見付けて入った人なんて恐らくほぼ皆無。
知ってても最初の1回目は躊躇してしまうくらいの入りにくさ。
そんな所です。
でもね、勇気を持って入った人にはちゃんとご褒美が待っています。
受付のおねーさんが美人なのです!(←なんのご褒美?)
展示室は1階と2階にそれぞれ1部屋ずつあり、基本2階の部屋から見て回る形になります。
最初の部屋のテーマはズバリ「縄文」。
ひと部屋丸ごと縄文ワールドとなっています。
展示品は主に石器と土器。
完全体もあれば断片だけのものも。
それらが種類ごとに区分され、丁寧な説明を添えて並べられています。
まずいきなり目にするのが縄文集落の再現ジオラマ。
あくまで想像の世界ではありますが、大体こんな感じの集落が営まれていたんだな~ってのが見られます。
ここで注目して欲しいのが、ジオラマの右側にあるなんか円形のもの。
これは「環状木柱列(かんじょうもくちゅうれつ)」と呼ばれるもので、見たまんま、柱がグルリと円形に立てられたモニュメントです。
恐らくこれは祭祀場の跡だろうと考えられていますが、ハッキリした目的は今も分かっていません。
その奥には、無造作にがっさーと積まれた石の山。
これ全部石器です。
左の山が斧、右の山が磨石(すりいし)・敲石(たたきいし)・凹石(くぼみいし)。
磨石・敲石・凹石とは食物を加工するのに用いられた石です。
スゲーな数が。
これ全部が貴重な古代遺物なんですからね。
でもこんな風に積み上げちゃうと、なんか蚤の市の処分品みたい。
1個100円くらいに見えるな(笑)。
そして登場!わたくしのこよなく愛する縄文式土器~~♪♪
壁面一面にズバーーー!!!
素晴らしいわな、この芸術的造形。
ごってり肉厚で、ぐんねり粗野で、装飾が野暮ったくて。
でもそこに生き生きと燃えたぎるようなエネルギーがあって。
縄文人の息遣いと美に対する高いセンスがビンビンと伝わってくるようです。
こちらは土偶。
ご覧の通り立体感のない板状の土偶です。
この辺りから出てくる土偶はほとんどがこの板状タイプで、よくテレビなんかで見る遮光器土偶(しゃこうきどぐう・あの宇宙人みたいなヤツ)のような立体的なものはほぼありません。
さらに注目して欲しいのが状態。
どれもことごとく破損しており、故意的な破壊行為があった事を伺わせます。
壊した理由については不明ですが、恐らくは宗教的な復活再生の祈りがあったのだと考えられています。
続いて石棒。
見ての通りチンチンの形をしています。
コレ、別にふざけて作った訳じゃなく、切実な祈りが込められています。
チンチンに何を祈るかって、そりゃもちろん「子孫繁栄」。
「チンチンの神さま~子供いっぱい授けてくれ~」という、強い願いが込められているのです。
いわゆる「陰茎信仰」ってヤツです。
これね、マジで当時は死活問題だったのですよ。
この頃の死亡率は今とは比較にならないくらい高く、15歳まで生きられたのは半分にも満たなかった言われています。
つまり10人生まれても5人以上は子供のうちに死んじゃうんですね。
だからとにかく沢山生むことが大事だったのです。
ゆえにチンチン神に強く強ーーーく祈ったんですね、子供いっぱいください!と。
頑張れ!チンチン神!(←?)
1階に降りると2番目の展示室。
こちらでは弥生・古墳・古代・中世・江戸時代の展示がひと部屋に詰め込まれています。
2階に比べてかなり大雑把。
見所は弥生・古墳・古代までですかね?
中世・江戸時代まで行くと、そんなに面白いものはありません。
まあその辺は見る人の興味次第ですが。
こちらは弥生土器の欠片。
ルーペで拡大しているのはモミの圧痕です。
モミがあるって事は、稲作が行われていた証明になります。
この時代の稲作はまだまだ原始的で、痩せたドロ地に稲を植えて収穫するといスタイルでした。
おまけに道具や技術が未熟だったために生産効率が悪く、苦労の割にはごく少量の米しか採れませんでした。
それでも計画的に食料が生産できるというのは当時としては画期的で、しかも米は保存も効くので、これによって食糧事情が大きく改善されたと言われています。
再びジオラマ。
すぐ近くにある御経塚シンデン古墳群を、1/120のサイズで再現したものです。
確認されている古墳は、方墳11基、前方後方墳4基。
ただ現在は全て削平されてなくなっており、その姿を見ることはできません。
神秘的だったでしょうね、いくつもの古墳が連なる古代の風景。
この時代の古墳ってのは、人工物としては最大級のサイズですからね。
今の感覚で言えば、巨大なドーム球場がいくつもドン!ドン!ドン!と建ち並んでいるくらいのインパクトがあった事でしょう。
さらに時代は進んで、飛鳥・奈良時代。
この模型は末松廃寺に当時建てられていた金堂と七重塔のイメージモデルです。
現場は現在、史跡保護の観点から公園として整備されています。
あったんですかね~、こんなのが?
だって今から1300年も前ですからね。
当時文化の最先端だった飛鳥・奈良の方ならいざ知らず、こんな裏日本のこんなド田舎にこんな高度な技術を要する高層建築が建っていたなんてちょっと信じられない。
でもあったんでしょうね。
その跡がちゃんと残ってんですから。
石仏どん!
これはこのすぐ近くにある経塚の祠の中に収められていたものです。
制作は1839年(江戸時代)。
の割りにやたら生々しくて状態がいいのは、ずっと祠の中に安置されていたから。
道端のお地蔵さんのように、雨風にさらされていたらこうはいきません。
モチーフは「傅大士(ふだいし)」。
古代中国の僧で、転輪蔵(てんりんぞう)を発明した人とされています。
転輪蔵ってのはクルクル回転する本棚です。
以前レポートした總持寺祖院の経蔵なんかにあるヤツですね。
古代遺跡の生の出土品に出会える野々市市ふるさと歴史館。
メインは縄文時代です。
特に縄文式土器のコレクションは量・質ともに必見。
心臓ばくばくレベルで楽しめます。
縄文式土器大好きー!って病的マニア(?)の方には間違いなく夢の世界ですので、我こそはソッチ側の住人!と自負する人はぜひどうぞ。
もちろんそこまで病気じゃない人にも楽しめる場所です。
古代、なんかちょっと面白そうだな~、くらいの軽い感覚で訪ねてみてください。
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和田山城 小さなお城に隠された恐怖の仕掛けを暴く
2022年04月20日
古墳で有名な能美市の和田山。
でもここ、古墳だけじゃありません。
中世の山城跡も残っているんです。
それが今回ご紹介する和田山城です。
詳しいデータがないので不明な点が多いのですが、築城は和田坊超勝寺によるものとされています。
要するに宗教勢力による一揆の拠点がそもそものスタートという事ですね。
その後、柴田勝家(しばた かついえ)配下の安井左近(やすい さこん)が入城し、今度は逆に一揆勢への攻撃拠点としてリユースされます。
今ある遺構はこの左近時代に整備されたものと考えられています。
では全体図を。
南側に本丸を置き、そこから北側に向けて細長く伸びるような形となっています。
標高は30メートル強。
高さも広さもそれほど大きくはない、極めてコンパクトな平山城です。
ただ内部の密度はかなり濃く、空堀や枡形・櫓台等、極めて高い防御性能が詰め込まれています。
いきなり度肝を抜かれるのがこの空堀。
深いのですよ!大きいのですよ!
うわ、ここモロにヤバイわ!みたいな。
ちなみにこの空堀、古墳の墳丘を利用して作られています。
つまり元々こんもり盛られていた古墳の周囲を掘って削ってあるのね。
ん~さすが生き馬の目を抜く戦国期。
古墳へのリスペクトなんざ微塵もねー!(笑)
で、見て欲しいのがその先。
分かりますかね、通路がほっそ~くなってるのが?
これね片側が急斜面、片側が空堀の斜面になっているので、その頂点にある通路は必然的に細くなるのですよ。
当然攻め手はこの細い通路に沿って縦1列になって進むしかない。
それに対して守備側は横一線の形で迎え撃てます。
するとどうなるか?
一網打尽です。
100%突破不可能。
なすすべなくバッタバッタやられるしかありません。
攻城戦はいつだって圧倒的に城側が有利なのです。
こちらは先に見た空堀の上にある高台。
古墳の墳丘頂部です。
ここには櫓が設置されていたそうで、戦闘時には高い足場から周囲一帯の状況をざっと見渡すことができました。
これも恐怖ですわな。
攻め手にすれば、どこから攻めても丸見えで即対応される訳ですから。
しかも上からビュンビュン弓矢を射掛けられたら、もう尻尾を巻いて逃げるしかない。
山の斜面にはこのような腰曲輪というスペースも設けられています。
腰曲輪とは細長く作られた平地ですね。
ここに守備兵を配置して、登って来る敵を迎撃するのです。
これも鬱陶しいですよ。
実際はほんの小さなスペースしかなくても、攻め手にしたらどのくらい平地があって、どのくらい守備兵が潜んでいるのか分からないのですから。
一気に力押しできるのか、無理に突っ込んだらドエライ被害を被るのか、非常に判断に迷います。
一歩間違えりゃ死ぬのは自分ですからね。
道もエゲつないですわな。
ご覧の通りのつづら折り。
攻撃側はここをわざわざ列になって折れ曲がりながら登って来るのです、それも横腹を見せながら。
圧倒的に不利ですね。
まともに進んだらやられ放題でしょう。
いやー城攻め怖い!
そして本丸直前。
画像の右側が本丸、左の細い道がそこに繋がる道。
ここもやられ放題ですね。
見りゃ分かりますが、敵はこの道を1列になって側面を見せながら進む形になります。
そこを弓矢や長槍で横からザクザクザクー!
わざわざやられに突っ込むようなもんです。
ゴールの本丸。
ここまで来れば攻城完了。
おめでとう!(←?)
広いですよーココ。
本丸なんでね、兵や武器をどっさり収容できるよう、城内で一番大きなスペースが確保されています。
高台のせいか吹く風が実に心地良くて爽快♪
そんな本丸の中央にぽこっと盛り上がった丘があります。
櫓台の跡なのですが、これも元々は古墳でした。
今でこそ古墳と言えば、かけがえのない文化遺産なんですけどね。
当時はそんな意識は皆無だったのでしょう。
お、ここ盛り上がってるから便利、くらいの感覚で利用したんでしょうね。
本丸の片側は切り立った斜面になっています。
角度的にここから攻め登るのはまず不可能。
なのでこちら側には特に防御施設はありません。
これはお城用語で言うところの「梯郭式(ていかくしき)」と呼ばれるスタイル。
こうして自然地形を利用することで片面の安全を確保し、守備をもう片面だけに集中させることができるのです。
以前に紹介した上田城なんかもその典型で、この仕組みを利用して少ない兵で徳川の大軍を2度も退けています。
小さくても恐怖の仕掛けがぎっちり詰め込まれている和田山城。
やべーですよーココ。
歩いているだけで生きた心地がしませんよ。
どうか見学の際には心臓バクバクさせながら攻め登ってください。
同じ山に続く形で古墳群もあります。
きちーんと整備されてて案内板もあるので、散歩気分で見学できます。
お城とはまた違った歴史ロマンが楽しめますよ!
和田山城跡
住所:石川県能美市和田町
関連タグ >> お城
小嶋山 妙観院 後編◆寺に伝わる7つのミステリーを追え!
2022年04月18日
入口の山門がいきなりカッコいい妙観院(みょうかんいん)。
前回はそのエントランスから堂内までの様子を見てきました。
今回はこのお寺に伝わる7つの謎を追っていきます。
さてこの7つの謎巡り、山門から入場してはいけません。
スタート地点が別にあります。
それがこの階段。
駐車場の脇にあります。
現場には何の案内もなく、この階段って勝手に上がってもイイの?的な雰囲気がありますが、大丈夫です、上がってください。
その先に第1の謎があります。
それがこのお堂。
謎のタイトルは『観世音菩薩の不思議』。
中には観音像が収められています。
この観音像、あるいわれがあります。
それは空海手彫りの像という伝説。
真偽は不明(って言うかンなわきゃないんだけど)ながら、言い伝えによるとこの地に観音経が書かれた流木が漂着し、それを空海が自ら彫り抜いて作ったものなのだとか。
お堂内部の様子。
中央にある厨子の中にその観音像が祀られています。
いや見たいなー、空海手彫り(と言われている)観音像!
でもこの像ね、33年に1度しか公開されないのですよ。
次回は2025年らしいので、これを見逃すともう一生見られない!
忘れずに見ないとーー!!
第2の謎、『「竹に虎」の釣鐘の不思議』。
なんかよー分からんタイトルなのですが、ミソは鐘の竜頭(りゅうず・鐘を吊り下げるカギ)の部分。
虎と(角度的によく見えんけど)竹があしらわれています。
竜頭の名が示す通り、通常ここには龍があしらわれるのが基本。
でもなぜか虎と竹なんです。
この虎と竹には女霊を鎮魂する意味が込められていると言われています。
それにはこんな言い伝えがあります。
むか~し(理由はよく分からんけど)入水自殺した女性がいました。
その後女性は龍へと姿を変え、お寺の鐘をかっさらっては海へ持って行くようになったそうです。
そこで対抗措置として取られたのがこの虎の竜頭。
鐘に虎の霊力を込めて、龍の邪力にぶつけたのです。
虎と龍、ガチンコ一騎打ちの結果については語られていませんが、最後には七日七晩の手厚い供養を受け、女性は無事成仏しました。
と、こんなお話。
なんか考えれば考えるほどツッコミ所満載。
一応コメントは控えときます。(笑)
第3の謎、『弁財天の不思議』。
この祠の奥に祀られている弁財天像がその謎の主役。
この像、なんとあの気比神宮から流れてきたものなのだそうです。
ない!ない!ない!
絶対ない!
距離にして200km強だよ!?
そんな所からどんぶらコどんぶらコとここまで流れ着くわけがない。
しかも七尾は内海になってるから、半島をわざわざ回り込まんとたどり着けんし!
その疑惑(?)の弁財天像がこちら。
ふっくらしたお多福さんのような顔立ちで、一面(多面かもしれない)八臂(はっぴ)、つまり顔がひとつ・腕が8本の坐像。
正面に回している左右の手の中には何もありませんが、指の形から推察するに、恐らくかつては琵琶を抱えていたと思われます。
い~いですわね、この像。
包容力がありそうと言うか、メッチャメチャご利益ありそう!
第4の謎、『そうめん不動尊の不思議』。
そうめん不動尊とはこの不動明王像。
なにが「そうめん」なのかと言うと、このお不動さん、そうめんを配って歩いたそうなのです。
なんやらお寺が忙しいのでお手伝いしてくれたんだとか。
なんて気が利くお不動さん!
そうめんを茹でたのもお不動さんなのかな?(←気になるのソコか?)
第5の謎、『夫婦岩の不思議』。
この岩、仲良く寄り添っているように見えるので、夫婦円満の象徴とされているそうです。
ゆえにこれを眺めているだけで、家庭円満や子孫繁栄のご利益にあずかれるのだとか。
コレ多分アレでしょうね。
性器信仰。
本来は夫婦じゃなくて女性器をイメージしたものが、時代と共に仲良く寄り添い合う夫婦岩へと話が変わり、現代に残ったのでしょう。
子孫繁栄のご利益があるとされているのは、恐らくはその名残りですね。
第6の謎、『底なし池の不思議』。
この池の中央に大きな穴が開いていて、海にまで繋がっているそうです。
残念ながらこの日は水が濁っていたため、穴の存在は未確認。
でもあるんでしょうね、あるってんですから。
とは言え本当に海に繋がっているかどうかはかなりマユツバ。
だって池には鯉がスイスイ泳いでるし。
本当に海に繋がってたら潮が混じるから、鯉なんて生きられないでしょ?
あくまで伝承の類と思われます。
そして最後、第7の謎、『獅子岩と鼓岩(つづみいわ)の不思議』。
これはちょっとロマンチックなお話でして、手前の草ぼーぼーの丸い岩が獅子、奥の縦長に立っている岩が鼓岩です。
この獅子岩が鼓岩の音色に合わせて踊るんだとか。
こんな話、好きだなー。
すごーく素朴で平和で。
そんなイメージでこの眺めを見てると、なーんかほのぼのと心温まる気持ちになってきます。
以上、妙観院に伝わる謎を1~7まで追ってきました。
思わずツッコミを入れずにいられないものから、人のイマジネーションの豊かさを感じずにはいられないものまで色々。
ちょっとした異界巡りみたいな感覚が楽しめます。
現地を訪れた時はひとつひとつじっくり吟味して、想像力をめい一杯働かせて遊んでいってください。
全部回った人にはご褒美としてお不動さんがそうめんをふるまってくれるかもしれませんよ~♪
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