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チカモリ遺跡公園 考古学者気分で大古の活動の謎を解け
2021年12月15日

金沢でザ・ジョーモン遺跡と言えばここ、チカモリ遺跡。
現在は現場保全のために公園化されていますが、チョコっと掘り起こせば縄文遺物がわんさか出てきます。
場所は普通に住宅地の中。
何の案内もなければ、え?ここに縄文遺跡なんてあんの?ってくらい普通に普通の住宅地内です。
でも国の史跡に指定されているくらいメジャーな存在で、全国的に有名な「アレ」もあります。

そのアレとはコレ。
環状木柱列(かんじょうもくちゅうれつ)。
カッコエーでしょ?
ストーンサークルならぬウッドサークル。
木の柱が円状にずどーんと立てられています。
とは言っても、これはあくまで復元された想像の姿。
発掘で出てきたのはあくまで柱の「根っこ」なので、地上部分がどんな形をしていたのかは不明です。

サークルの直径は6~8メートル。
柱には直径50センチを越える栗の木が使われ、その全てが丸太ではなく半割りにされています。
栗の木が選ばれたのは丈夫だからと想像されていますが、見方を変えれば硬くて加工が大変という事でもあり、石器しかなかった縄文当時、これを作るのに相当な労力が注がれたことは想像に難くありません。
何でそこまでしてこんな物を作る必要があったのか?
未だその謎は解き明かされておらず、恐らく今後も解き明かされることはないでしょう。
考古学者達の探求心をつかんで離さない、永遠のミステリーです。
意外と宇宙人が作ったのかもしれないしね!(←それはない)

柱の配列を上から見るとこんな感じ。
1ヵ所だけ開口部っぽい部分があります。
多分ここが出入口だったのではないかと言われていますが、これももちろん謎。
これで一体何がやりたかったんでしょうかね、縄文人?
祭祀でも執り行っていたのか?
それとも単なる集会場のシンボルタワーだったのか?
あるいはアート作品だったのか?
考えれば考えるほど謎は深まるばかりですが、答えは作った縄文人にしか分かりません。
おおおーーー!!!
縄文人ーーーー!!!
ちょっと出てきて説明せえーーーー!!!

ところでこの木柱、えっらい白いですが、別に白樺を再現したって訳じゃありません。
単に塗装が剥げて、素材のコンクリートがむき出しになっているだけです。
そう、この木柱、「コンクリート製」の木柱なのです!
せっかくなんだから、リアル感を出すためにも木で作れよって感じなんですけどね。
木はすぐ腐るから横着してコンクリートにしたんでしょうね。
でもね、昔は違ったんですよ。

こちらは4年前の写真。
ちゃんと茶色いです。
今よりはるかに(色だけだけど)木製っぽい。
この色を見てから改めて今の色を見ると、木柱列って言うより完全にストーンヘンジになっちゃってるな(笑)。

この木柱列、サークル型だけじゃなく四角形型もあります。
それがこちら。
この柱ももちろんコンクリート製です、まあそれは別にどうでもいいけど。
形状から建物跡ではないかと推測されていますが、当然謎。
なんだったんですかね?

6本バージョンもあります。
こちらはさらに建物っぽい。
この頃の住居と言えば竪穴式住居。
仮にこの柱が竪穴式住居のものであったと想定した場合、他にも何らかの生活の痕跡が合わせて出てくるはずです。
例えば炉の跡とか。
でもそういうものが出てきたって調査報告はなく、そう考えると住居として使われていた可能性はほぼなくなり、じゃあ倉庫かな?って話になるのですが、それはそれで確定するには材料に乏しく。
結局導き出される結論は『不明』。
んーーーーーー・・・。
面倒臭ぇーモン残してったなー、縄文人・・・(悩)。

そんな縄文ロマンに思いっ切り頭を悩ますことができるチカモリ遺跡公園。
ぐるっと並べられた(コンクリート製の)木柱を見上げながら、どうか煙が出るほど脳ミソ沸騰させていってください。
次回はこの隣にある埋蔵文化財収蔵庫を見て行きます。
こちらではチカモリ遺跡から出てきた「生の」柱が展示されています。
考古学マニアには必見ですよ~。