
東尋坊 岩石編 ここは岩マニアには夢のワンダーランド
2021年12月25日

世界に誇る「岩」の名所、東尋坊。
スゲーのですよ、ここ。
岩がもーぶっ飛んでる!ぶっ飛んでる!
うおー!この岩全部家に持って帰りたいわー!!みたいな。(※そこまで行ったら病気です)
知ってる人は既に知ってると思いますが、この岩場は丸々柱状節理(ちゅうじょうせつり)ってヤツでできています。
柱状節理、はて?ナンじゃソレ?って人のために、まずはその柱状節理を見てもらいましょう。

バッキーン!とソソり立つ岩の柱。
これが柱状節理です。
アガるわーー!!
この画像見たら改めてハートがアガるわーー!!
節理ってのは岩の裂け目の事です。
その裂け目が縦方向に規則正しくビッシャー!
結果として岩が柱状にバッシバシ立っているような格好になるのです。
ん~素敵♪

この眺めなんか強烈ですわな。
柱の天頂が一面にゴンゴンゴーン!
エグイほどに絶景です。
これはもうアート。
完全なるアート。
大自然が作り出したダイナミックな岩石アート。
こんなの人間にゃ作れねーーー!!!

こちらはすぐ隣の岩塊の様子。
突然ガラリと色が変わります。
なんかやけに赤っぽい。
これは造岩鉱物の違いに由来します。
こっちは恐らくカリ長石という鉱石を多く含んでいて、その色が強く出る事でこうして赤味を帯びるのです。
ほんの数十メートルで出るこの違い。
やっぱ岩って楽しい~♪(※と感じた人は病気です)

この東尋坊の岩、「安山岩」という石でできています。
もうちょっと専門的な言い方をすると「紫蘇輝石・普通輝石安山岩(しそきせき・ふつうきせきあんざんがん)」。
安山岩とは溶岩が地表、もしくは地表近くで固まってできた岩石です。
紫蘇輝石・普通輝石とは造岩鉱物の一種で、なんか緑っぽ~い鉱石です。

ちょっとルーペで拡大して見るとこんな感じ。
なんとなーく粒々があるのが分かると思いますが、これは斑晶(はんしょう)と呼ばれる鉱物の細かな結晶です。
黒っぽく見える(本当は深緑)のが紫蘇輝石・普通輝石。
両者の違いは微妙で、肉眼での正確な判別は困難です。
専門家でもない限り深く考える必要はないので、あーこの黒っぽい粒々が輝石なんだな、って程度に認識しておけばオーケーです。

話を柱状節理に戻します。
実は柱状節理自体は、そんなに珍しいものではありません。
日本全国アチコチで見られます。
ではなぜ東尋坊の柱状節理だけがこれほど騒がれるのかと言うと、サイズ。
デカいのです。
とにかくデカいのですよ。
一番デカいヤツになるとなんと直径6メートルにも及びます。
ちなみに一般的な柱状節理のサイズはせいぜい直径30~40センチ程度。
それがここへ来るとメートル超えがゴロゴロ。
スケールが桁違いに違うのです。

この柱状節理、生成されるにはある条件が必要です。
それは溶岩がゆっく~り固まる事。
ゆっくりゆっくり、ゆ~~~っくり固まることで溶岩が結晶化し、それが結果的に柱状となるのです。
そのためには地表に噴出してはいけません。
空気に触れると急冷されますからね。
そんなに深くない地中で中途半端~にいつまでもぐずぐずいる事で、ゆ~っくりと結晶化することができるのです。

ただそれだけじゃまだこの岩塊は生まれません。
そこからさらに「隆起」という作用が必要となります。
だって地面の下にあっても見えないですからね。
そしてさらに「浸食」。
雨風や波が岩塊を覆う堆積岩をはぎ取る事で、初めてこの荒々しい光景が姿を現すのです。

以上の過程をまとめるとこんな感じ。
1.海底に堆積岩(たいせきがん)ができる
2.そこに溶岩が貫入する
3.そのまま噴出せずに固まる
4.これがごっそり隆起する
5.柔らかい堆積岩が雨風や波で削られる
6.硬い溶岩だけが現れる
なんでも第2段階の溶岩貫入が1,200~1,300万年前、その前の堆積岩生成にはさらに1,000~2,000万年くらいかかってるはずなので、この岩塊には実に3,000万年レベルの大地の営みが詰まってる事になります。
参考までに人類の誕生はたったの20万年前。
東尋坊の造成は、人類が生まれるはるか前から始まっているのです!

「堆積岩」って言葉がさらっと出てきましたが、これはその名の通り「堆積」した土砂が凝固してできた岩です。
基本成分は泥、砂、礫(小石)。
これらが積もって、積もって、さらに積もって、後から積もったヤツの重みに押し潰されて、長い年月をかけて固まったのが堆積岩です。
この堆積岩がここら辺一帯の基本岩盤となっています。
そしてこの堆積岩、このすぐ近くで見ることができます。
目印は東尋坊から続く遊歩道の途中にある製塩遺跡と呼ばれる岩場。

これがその堆積岩。
白い滑らか~な肌の岩がのっぺりと続いています。
なんか柔らかそう。(※実際柔らかい)
堆積岩はさらに細分化することができ、泥からできた泥岩(でいがん)、砂からできた砂岩(さがん)、小石を沢山含んだ礫岩(れきがん)に分けられます。
ここの堆積岩はこれら3種の岩が幾層にも積もって構成されており、側面から見ると縞模様になっているのがハッキリと分かります。

そんな堆積岩の浜辺なんですが、所々にこんな感じの小さな入り江が点在しています。
ここがね、面白いんですわ。
石ころハンターには胸わくわくのワンダーランド♪
転がってる石ころの大半は砂岩や安山岩。
ぶっちゃけそんなに珍しい石じゃありません。
でもね、丹念に調べていくと見付かるんですよ、アレが。

ホルンフェルス~~♪♪
ホルンフェルスってのは分かりやすく言うと「火傷した石」です。
先に説明した通り、東尋坊の岩塊ってのは堆積岩の隙間に貫入した溶岩が固まってできたものです。
という事は、どこかに堆積岩と溶岩との接触面が生まれます。
溶岩の温度はおよそ千度前後。
この灼熱の超高温が堆積岩をじりじり焼くことで、組成の全く異なる新しい岩が生まれます。
それがホルンフェルス。
すげーな。
まさに生で見られる大地の営みですわ!

岩石マニアには360度が見所だらけの東尋坊。
楽しいですゼー!
胸わくわくですゼー!
1日中歩き回ってても飽きませんゼー!
我こそは岩石マニアという方、ぜひご訪問を。
もちろん岩石に興味ない人も十分楽しめますので。
ちょっと遊びに行きたいな~って人も気軽にお越しください。
次回も東尋坊ネタ。
今度は数々の奇岩を見ていきます。
関連タグ >> 東尋坊
森寺城跡 この城で一番怖いのはク〇です
2021年12月22日

山道、山道、ひたすら山道、そんな山道の果てにあるザ・大自然なお城が森寺城(もりでらじょう)です。
あきれるくらい超ぉー山奥。
ここね、お城以前にそこまで行く道がまずヤバいんですわ。
ガチのヤバさ。
運悪く対向車来たらアウトです。
どこにもすれ違いスペースはありません。
ソコんトコ、十分覚悟の上で訪城してください。

さらに訪城者をのっけからビビらせる案内がコレ。
『熊出没注意』
そりゃ出ますわな、こんだけ山奥なら。
すぐ隣をのそのそ歩いてても全然不思議じゃない。
ヤバいわー。
この城、ヤバ過ぎるわー。

そんなド山奥にある森寺城のマップです。
城内は複数の曲輪(くるわ・広場)を連続して配置した連郭式(れんかくしき)構造となっています。
本丸はそのほぼ中心、途中には堀切(ほりきり)や竪堀(たてぼり)などのトラップがチラホラ。
防御力としてはかなり強力な部類に入りますね。
そもそもこんな山奥まで来た時点で敵はヘロヘロに疲れてるし。
その上でこんなトラップだらけの城を攻めなきゃいけないんだから、もう完全なる悪夢です。
熊も出るしね。(←ソコは関係ない)

駐車場から入ると、いきなり道が二手に分かれます。
そこを右に曲がり、しばらく歩くと搦手口(からめてぐち)、つまり裏口にたどり着きます。
そこで目にするのがこの土塁。
土塁ってのは文字通り土の山ですね。
敵の侵入を阻むバリケードです。

土塁の前面はこんな感じ。
ご覧の通りごっぽーっと掘り込まれた空堀となっています。
この空堀がクセモノでして、空堀による窪み+土塁による盛り上がりで3メートルくらいの高低差が生まれます。
プラスその上に柵。
仮にその高さが2メートルとすると、合計5メートルのバリケードが攻め手の進行を阻む形になります。
まあ無事には突破できませんな。
ここは甚大な犠牲を覚悟の上、力ずくで押し通るしかありません。

そこから本丸へと向かうのですが、その途中途中も結構エグイ事になっています。
例えばコレ、大堀切(おおほりきり)。
画像じゃ伝わりにくいかもしれませんが、かなり大きく深く掘り込まれています。
堀切とは曲輪と曲輪の間を遮断する溝の事で、これによって敵の進行を食い止めます。
敵にすれば、「あーせっかく曲輪ひとつ攻め取ったのに、この先行き止まりじゃん!またやり直しやー!!!」となってしまうのです。

さらに続く地獄の通路。
見ての通り左右が土手となっています。
当然この上にはお城側の兵が待ち伏せていて、攻めて来た敵は矢でビシュビシュビシューっと狙い撃ちにされます。
これもまたキツイですよ。
前方ならまだしも、上から攻撃されたらもうどーにもなりません。
完全にバンザイ。
ここは覚悟を決めて死ぬ気になって死ぬしかありません。(←結局死ぬのか?)

そんな地獄ロードの先、ちょっと小高い所に大きな平地が現れます。
二の丸です。
ここ、結構な広さでして、サッカーくらいは楽~にできるほどの面積があります。
山城の曲輪としては異例のサイズ。
普通は山の中にこんなに大きな平地は確保できないんですけどね。
でもここはたまたまうまい具合に広大な平坦地があったのでしょう。
贅沢過ぎるくらい贅沢な広さです。

そんな二の丸の一角に石垣に囲われたエリアがあります。
本丸です。
この構造も異例ですね。
普通曲輪ってのは将棋倒しで攻め取られないよう、それぞれを独立させます。
でもここは二の丸と本丸とが完全に一体化しています。
一応石垣で仕切られていはいるものの、高さ3段程度なのでほぼ意味なし。
つまり二の丸ヤられたら即アウト!
実に不可解な構造です。

その石垣なんですけどね、めちゃめちゃラフなんですわ。
自然石をそのままゴチゴチ積み上げただけの、極めて原始的な造り。
ぶっちゃけ、これならわざわざ重い石を積み上げなくても土塁で間に合うんじゃないの?みたいな。
これは恐らく耐久性を重視してあるんでしょうね。
もし差し迫った戦闘を前提にしていたのなら、工期短縮の意味から土塁だったはず。
でもそこまでの緊急性はなかったので、1回作ってしまえば何年もメンテナンスの必要がない石垣が積まれたのでしょう。
つまりこの石垣はまだ余裕のある段階で築造されたもの、と推定されます。

本丸を降りると、すぐにまた曲輪が現れます。
斉田屋敷跡です。
上下2段構成の、極めて戦闘的な構造になっています。
ここにはかつて斉田という家臣の屋敷があったそうです。
屋敷の規模・様子は不明ですが、現場を見る限りはそれほど立派なものではなかった様子。
恐らくは戦時にのみ使用する、ごく簡素な建物があっただけだったのでしょう。

その先に再び曲輪。
カンジャ屋敷と呼ばれるエリアです。
「カンジャ」も人名なんですかね?
その辺、ちょっとはっきりしません。
ここはそれほど広くなく、バレーコート半面程度。
「屋敷」があったとするにはちょっと??な面積です。
ちゃんと整備したらもっと広い平地が出てくるのかな?
色んな意味で詳細不明。

さらに進むと、またもや曲輪。
今度のは結構な広さ。
ここには「展望台」という妙な名前が付けられています。
展望台ってんだからさぞかし眺めがいいのかと言うと、全然よくありません。
周囲を木々に遮られ、ぶっちゃけ見通し不良好。
仮に櫓を建てたとしても、それほどの視界が確保できるとは思えません。
何が展望台なんかな?
全く意味不明。

その展望台を抜けた直後なんですがね、結構エグイ事になってます。
それがこの窪み状の道
明らかに迎撃のためのトラップです。
見ての通り狭いのでね、攻め手側はここを1列になって進むしかありません。
お城の守備兵は当然それを見越していて、上で静かに敵の侵入を待ち伏せます。
そして程よ~く入って来たタイミングを見計らって一斉攻撃!
まー一網打尽ですな。
どーもならんですわ、この状況。
あれよあれよの間にミナゴロシにされてオシマイです。

そして最後の曲輪、野崎屋敷跡。
ここも結構な広さです。
ただここだけ妙でね、本道からえっらい離れた場所にあるんですよ。
つまり攻めてくる敵を曲輪から直接迎撃できず、わざわざ曲輪から降りてきてひと歩きしないと交戦できないんですね。
どーしても曲輪を使いたきゃ、わざわざ敵をここまで引っ張って来なきゃいけないという意味不明な立地。
必要ですかね、この曲輪?
どうやったら生かせるのかさっぱり分からん・・・(悩)。

山奥過ぎてヤバさ全開の森寺城跡。
ヤバいですよー。
熊出るくらい山奥ですからね、マジでヤバいですよー。
訪城の際にはどうぞ熊除けの鈴をチリチリ鳴らしながら見学してってください。
なおあまりにヤバ過ぎて、現場には『クマよけカンカン』なるものが用意されています。
これをガンガン鳴らしながら歩けば、熊の方から逃げていくってヤツです。
熊は怖いけど城跡は見たいって人は、コイツをガンガン鳴らしながらご見学ください。
実際鳴らすとスッゲーうるさいんだけどね(笑)。
関連タグ >> お城
めん房本陣 鶏辛味つけ汁そば ピリ辛系蕎麦は抜群のパフォーマンス
2021年12月20日

この日はやたらと仕事が忙しく。
終業後はもうへとへと。
腹減ったー!!!
と、やって来たのがめん房本陣。
うどん&そばのお店です。
店に入ってメニュータイム。
何にするかじーーーっくり考える。
全部食いたい・・・という強欲モード全開の中、悩んで悩んで悩んで決めたのが”鶏辛味つけ汁そば”。
サイズは大盛りにて。
食べたおします。

つゆはラー油ビリビリ。
甘辛いスパイスがシャープに舌を切る。
その裏には醤油の華やかな滋味。
深みと刺激が程よく調和したモダンな味。
つゆの底には小粒の鶏肉がたっぷり。
本当にたっぷり。
1粒1粒ぷるっぷるに柔らかく、噛み潰すと甘い肉汁がまるで水風船のようにぱちゅん!と弾け出る。

麺は細切り、つやつやピカピカ。
舌触りすべすべ、食感しなやか、でも芯にはピンと張り詰めたコシ。
味わいみずみずしく、蕎麦の豊かな香味がふわり。
軽快な食味が涼やかに喉を抜ける。

そんなピカピカ麺をラー油つゆに浸してつるり。
まず最初に来るのはラー油の刺激。
唐辛子の鋭利な辛みがビシビシと飛び回る。
そこにしなやかに溶け込む麺の味わい。
ソフトな蕎麦の味がつゆの刺激に負けない存在感でしっとりと舌を撫でる。
不思議ね。
この強烈な刺激系つゆとソフトな麺がガチンコしたら完全に麺が負けると思いきや、全然負けてない。
きれーにバランス。
びっくりするくらいきれーにバランス。
思わずほぉ~・・・と驚嘆。
後はつるるつるるとすすりまくり。
最後はつゆの底に残った鶏肉を根こそぎ食べ尽くし。
想定以上の満足感をじ~んわり実感し。
完食。
めん房本陣の”鶏辛味つけ汁そば”。
美味ぇ~わ♪
こッりゃ~美味ぇ~わ♪
もう一杯イケるわ、大盛りで。(←?)
しかし、ダイエット中なのでガマンして。
涙を飲んでガマンして。
ごちそうさまーーー!!!
[参考]
・鶏辛味つけ汁そば:930円
・麺大盛り:50円
埋蔵文化財収蔵庫 縄文&弥生の古代ロマンを腹いっぱいいただきまーす!
2021年12月18日

チカモリ遺跡のすぐ隣にある埋蔵文化財収蔵庫。
チカモリ遺跡からの出土品を中心とした、石川県内各地の遺跡から出てたものを収蔵・展示している施設です。
行ったことがある人なら多分分かると思うのですが、ちょーっとね、配置的に入りにくいのですわ。
入口が道路側に向いてないせいですかね、え?この脇の方から勝手に入っていいの?みたいな雰囲気。
でも大丈夫、見学自由ですので。
どうぞ遠慮なく入館しちゃってください。

建物は二階建てになっていて、1階は縄文時代、2階は弥生時代をメインに江戸時代までの遺物が展示されています。
こちらは1階の様子。
中央にあるのは水槽で、中にはチカモリ遺跡から出土した柱の根っこが展示されています。
なんか水に浸かってるっぽく見えると思いますが、実際浸かってます。
これは保全のためで、長い間地中に埋まっていた木製品ってのは空気に触れるとすぐにボロボロに崩れちゃうのです。
なのでこうして水中に沈めて、空気との接触を遮断しているのです。

出土品にはひとつひとつタグが付けられています。
こうしておくことで、いつ・どこから出てきたものなのかすぐにたどれるのです。
大変だったでしょうね、この作業。
基本的に発掘は数か月~数年で終わりますが、その後の研究・分析には何十年もかかりますからね。
ツタンカーメンの発掘品調査なんて100年経った今でも全部終わってないらしいし。
だからこそこうして初期処理をしっかりしておかないと、後でシッチャカメッチャカになっちゃうのです。
考古学ってのは息の長い作業なのです。

こちらは棚に展示された縄文式土器。
あーーートキメクーーー♪♪
縄文式土器大好きなのでね、こんなん見るともー胸わくわくですわ!
マジ1個持って帰りたいですわ。
どこかにうっかり1個落ちてないかな?(※落ちてません)

こちらはわたしのお気に入りの「釣手付土器(つりてつきどき)」。
カッコイイでしょ?この形。
用途は不明。
形的に油を入れて明かりとして使用したのではないかという気がしますが、防虫・香炉・インテリア用などの説もあり、いまだ決定的な答えは見つかっていません。
縄文人、これを一体何に使ってたんですかね?

この壺なんかもズキュン!とキますね。
縄目模様がぐるぐるとうねる、まさにザ・縄文式のデコレーション。
今にも動き出すんじゃないかってくらいにエネルギーに満ち溢れた造形。
ええわ~♪♪
これを作ったのはどんな人だったんでしょうね?
一体何を考えて作ったんでしょうね?
この模様にはどんな意味が込められていたんでしょうね?
考えれば考えるほど、あー縄文時代楽しーー!!!

続いて2階の展示室。
こちらでは弥生時代をメインに奈良~江戸時代までの展示が行われています。
すごいですわな、コレクションの数が。
多分これでもほんの一部でしょう。
恐らく倉庫に行けば他にもゴロゴロ眠ってて、さらにまだ整理の追い付いていないものもどっさりあるはず。
やっぱ1個くらいもらえんかな?(※もらえません)

弥生土器の模様はご覧の通りシンプル。
と言うかほぼない。
実用重視。
形が独特ですよね。
下に向けてすぼまった、どんぐりのような形。
下部をとがらせてあるのは地面に刺すためと考えられており、このまま炉の灰の中にザクっと刺し込んで煮炊きをおこなったんだそうです。

その痕跡はこんな所にも見られます。
どの壺も黒いでしょ?下部が。
明らかに火の中に突っ込まれた跡です。
煮炊きという技術の獲得は当時の食環境に一大革命を起こしたと言われており、これによって食中毒が激減したそうです。
と同時に食材のアクを取るのにも有効で、より美味しく食べ物を調理できるようになりました。
オフクロの味が登場したのもこの頃かもしれませんね。(←それはちょっと違う)

時代は一気に下って、こちらは瓦。
飛鳥~平安時代頃のお寺の遺物と考えられています。
注目すべきはその形状で、当時の日本文化の中心であった奈良の都の影響を強く受けています。
奈良ですよ、奈良。
奈良なんて、今車で高速使って行っても4時間くらいかかるんですよ。
ろくに道路も整備されてなかった時代に、そんな遠くまで人や文化の往来があった訳ですからね。
古代人、エネルギッシュだわ~。

さらに時代は下って、江戸時代。
さすがにこの頃の物は洗練されています。
文化の香りがするというか、スタイリッシュ。
ここにあるものは現在の市街地から出てきたものです。
現在市街地って事は江戸時代にもそれなりに人が住んでたって事で、そこには上級武士もいました。
なので出てくるのですよ、いいヤツが。
さすがカネ持ってるヤツはゴミまで高級ですわ(笑)。

縄文・弥生の生活の痕跡を出土品から見られる埋蔵文化財収蔵庫。
いいですよ~、生々しくて。
われわれの超ご先祖さまが確かにここにいたんだ、という不思議な事実が実感できます。
ぜひ隣のチカモリ遺跡公園と合わせて見に来てみてください。
関連施設としてここから車で10分ほどの所に金沢市埋蔵文化財センターという展示館もあります。
こちらは縄文時代に特化した展示が行われており、合わせて訪問すればさらに楽しさが増しますよ!
関連タグ >> 美術館・博物館
チカモリ遺跡公園 考古学者気分で大古の活動の謎を解け
2021年12月15日

金沢でザ・ジョーモン遺跡と言えばここ、チカモリ遺跡。
現在は現場保全のために公園化されていますが、チョコっと掘り起こせば縄文遺物がわんさか出てきます。
場所は普通に住宅地の中。
何の案内もなければ、え?ここに縄文遺跡なんてあんの?ってくらい普通に普通の住宅地内です。
でも国の史跡に指定されているくらいメジャーな存在で、全国的に有名な「アレ」もあります。

そのアレとはコレ。
環状木柱列(かんじょうもくちゅうれつ)。
カッコエーでしょ?
ストーンサークルならぬウッドサークル。
木の柱が円状にずどーんと立てられています。
とは言っても、これはあくまで復元された想像の姿。
発掘で出てきたのはあくまで柱の「根っこ」なので、地上部分がどんな形をしていたのかは不明です。

サークルの直径は6~8メートル。
柱には直径50センチを越える栗の木が使われ、その全てが丸太ではなく半割りにされています。
栗の木が選ばれたのは丈夫だからと想像されていますが、見方を変えれば硬くて加工が大変という事でもあり、石器しかなかった縄文当時、これを作るのに相当な労力が注がれたことは想像に難くありません。
何でそこまでしてこんな物を作る必要があったのか?
未だその謎は解き明かされておらず、恐らく今後も解き明かされることはないでしょう。
考古学者達の探求心をつかんで離さない、永遠のミステリーです。
意外と宇宙人が作ったのかもしれないしね!(←それはない)

柱の配列を上から見るとこんな感じ。
1ヵ所だけ開口部っぽい部分があります。
多分ここが出入口だったのではないかと言われていますが、これももちろん謎。
これで一体何がやりたかったんでしょうかね、縄文人?
祭祀でも執り行っていたのか?
それとも単なる集会場のシンボルタワーだったのか?
あるいはアート作品だったのか?
考えれば考えるほど謎は深まるばかりですが、答えは作った縄文人にしか分かりません。
おおおーーー!!!
縄文人ーーーー!!!
ちょっと出てきて説明せえーーーー!!!

ところでこの木柱、えっらい白いですが、別に白樺を再現したって訳じゃありません。
単に塗装が剥げて、素材のコンクリートがむき出しになっているだけです。
そう、この木柱、「コンクリート製」の木柱なのです!
せっかくなんだから、リアル感を出すためにも木で作れよって感じなんですけどね。
木はすぐ腐るから横着してコンクリートにしたんでしょうね。
でもね、昔は違ったんですよ。

こちらは4年前の写真。
ちゃんと茶色いです。
今よりはるかに(色だけだけど)木製っぽい。
この色を見てから改めて今の色を見ると、木柱列って言うより完全にストーンヘンジになっちゃってるな(笑)。

この木柱列、サークル型だけじゃなく四角形型もあります。
それがこちら。
この柱ももちろんコンクリート製です、まあそれは別にどうでもいいけど。
形状から建物跡ではないかと推測されていますが、当然謎。
なんだったんですかね?

6本バージョンもあります。
こちらはさらに建物っぽい。
この頃の住居と言えば竪穴式住居。
仮にこの柱が竪穴式住居のものであったと想定した場合、他にも何らかの生活の痕跡が合わせて出てくるはずです。
例えば炉の跡とか。
でもそういうものが出てきたって調査報告はなく、そう考えると住居として使われていた可能性はほぼなくなり、じゃあ倉庫かな?って話になるのですが、それはそれで確定するには材料に乏しく。
結局導き出される結論は『不明』。
んーーーーーー・・・。
面倒臭ぇーモン残してったなー、縄文人・・・(悩)。

そんな縄文ロマンに思いっ切り頭を悩ますことができるチカモリ遺跡公園。
ぐるっと並べられた(コンクリート製の)木柱を見上げながら、どうか煙が出るほど脳ミソ沸騰させていってください。
次回はこの隣にある埋蔵文化財収蔵庫を見て行きます。
こちらではチカモリ遺跡から出てきた「生の」柱が展示されています。
考古学マニアには必見ですよ~。


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