
揚柳山 本行寺 高山右近が隠れ住んだと伝えられる失われたキリスト教の聖地
2021年05月12日

隠れキリシタンの寺として有名な本行寺(ほんぎょうじ)。
境内では今もその痕跡を見ることができます。
場所は七尾の山の上寺院群の一角。
細~い路地の脇に、入口の石段がひっそりとあります。
大黒さまの石像が目印。

その石段を上ると見えてくるのがこの山門。
一見ごくごくオーソドックスな門。
なのですが、ちょっと位置関係に注目して欲しいのです。
画像じゃちょっと分からないですけど、この門、不自然な方向を向いています。
通路に対して側面、つまり90度折れ曲がって入場するような格好になっているのです。
素直に真っすぐ入れるようにすればいいのに、謎な左向け左。
これ、お城に詳しい人ならすぐにピンと来ると思いますが、枡形(ますがた)です。
枡形とは敵を迎撃するための防御構造。
つまりこのお寺には、砦としての仕掛けが施されているのです。
でもなんでそんな事をする必要があったのか?

その理由を物語っているのが、境内に設置されているこの像です。
高山右近像。
高山右近とは戦国期に活躍したキリシタン大名ですね。
かつて豊臣秀吉の政権下でキリスト教が禁教とされ、そのあおりを喰らったひとりがこの右近でした。
信仰を捨てられなかった彼は大名の地位を失い、各地を転々とした末に、ここ加賀藩へ流れ着いたのです。
その時にかくまわれた場所が、この本行寺でした。
右近は寺内に修道所を設けてなおも信仰を続け、同時に西洋の進んだ医療や科学・土木技術ももたらしました。
加賀藩が欲しかったのは、まさにこの西洋の先進技術だったんですね。
ゆえにこの寺を出城格として扱い、知識や技術の秘匿を図ったのです。

その右近像のちょっと離れたところに仏像が1体。
観音さまです。
こっれイイな~~~♪♪
深く沈む銅の緑と、所々に配された金、ゆったりと垂れる衣のひだ。
頭の後ろには神秘の輝きを放つ円光を置き、包み込むような穏やかな顔立ちでこちらを見据える。
手にはふたつの持物。
左手には未開敷蓮華(みかいふれんげ)、右手には・・・・あー・・園芸の栄養剤??
なんでやねん!!(笑)

境内奥、中央には本堂がどーん!
ぶっちゃけ装飾感はそれほどないです。
屋根はシンプルな切妻屋根、壁は上部を白漆喰、下部を板張り。
入口の唐破風と蟇股(かえるまた)の彫刻が装飾的と言えば装飾的。
複雑な組み物も特になく、全体にこざっぱりとした印象。

かと思ったら、こんな茶目っ気もあります。
眠り猫。
猫の意図は不明。
多分そんなに深い意味はないでしょう。
木の質感から想像するに、比較的最近置かれたものっぽいですね。
檀家さんからの奉納品ですかね?

こちらは鐘楼。
これまたさっぱりした造りですね。
特徴的なのは基壇。
低っ!
めっちゃ低っ!
一歩で上がれるし!
梵鐘もえっらい小っちゃいですね。
音もなんとなくコンパクトそう。
・・・鳴らしたらダメかな?(※迷惑行為です)

さて境内を一通り見回したら、忘れずにチェックして欲しい所があります。
それがこちら、「高山右近修道所跡」への入口。
この向こうにね、あるのですよ、右近の活動の痕跡が。
右近ファン(?)には必見のエリアです。

その途中で目にするのがこちら、「右近公園」。
何が右近って、そりゃもー。
見ての通りナンちゅーか、まー。
あーー。
・・・・どの辺が右近??(汗)

でもね、その謎な右近公園を降りた先にちゃんと右近に所縁のある場所があります。
それがこちらの「高山右近修道所跡」。
あくまで「跡」なので今はご覧の通りただの更地となってますが、かつてこの場所には右近が活動した修道所があったのです。
どんな建物だったんですかね?
スペース的にそんなに大きな建物ではなかったはず。
恐らく小屋程度の質素なものがぽつんとあったのでしょう。

高山右近と深い繋がりを持つ本行寺。
現場は静かーな場所です。
参拝の際には右近の遺徳を偲び、どうぞしんみりとその痕跡を辿って行ってください。
希望する人は内部の拝観もできるようです。
寺内には右近所縁の品や、隠れキリシタンの信仰のシンボルとなったゼウスの塔なんかもあります。
もっとディープに本行寺を楽しみたいって人は、一度問い合わせてみるといいでしょう。
揚柳山 本行寺
住所:石川県七尾市小島町 134
TEL:0767-53-0799
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