
てんつる 煮カツセット つゆがじゅとじゅとに染みたカツがン~めぇ~♪
2021年11月08日

この日はふらふら放浪日。
午前中4時間ひたすら散歩・散歩・散歩、で、もーへとへと!
メシじゃーーー!!!
と、飛び込んだお店がてんつる。
そば・定食屋さんです。
まずはメニューをじろじろ。
ドレにしよ~かな~?としばらく迷い、ふと顔を上げると壁にももう1品掲示メニューが。
”煮カツセット”。
ん?コレが良さげでね?
はい決定!
みたいな感じで、今回はてんつるにて”煮カツセット”を。
ライス大盛りにして食べたおします。

煮カツ。
カツの肉は厚味そこそこ、や~んわかくて歯当たりむっしり。
このカツの衣にね、べっちょべちょにつゆがしみ込んでんですわ。
じゅっわ~とあふれ出すつゆのンまぁ~美味ぇ~コト!
本体の肉の味が吹っ飛ぶくらいのインパクト。
そしてとろっとろの溶き卵ね。
舌の上をつるつるとなでながら甘さとみずみずしさを広げ、そこにザク切りのネギがシャキシャキとしたアクセントを付けて。
うま味あふれるつゆがじっと~りとしみ渡ってて。
も~ただひたすら幸せ♪

そんな煮カツちゃんをごはんと一緒に。
ごはんはしっとり。
柔らかく、粘っこく、水気いっぱいで、甘み爽快。
ここにどん!と乗っかるつゆでびちゃびちゃのトンカツ。
やっぱつゆが美味いのですわ。
出汁のうま味がじんわ~と深く、程よく醤油がキリっと効いてて。
これがごはん+豚肉に絶妙にマッチして、ひと噛みひと噛みが暴力級の美味さ。
ごはん大盛りだけど。
これじゃ足りねーー!!!(喜)

みそ汁。
味噌は濃いめ。
腰の太い味わいがどんと落ちる。
具はブリの切り身が数枚。
食感ほろほろで、味わいふんわりソフト。
味濃いめの汁と実によく合う。
さくっと完食。
てんつるの”煮カツセット”。
期待以上の美味しさ。
ボリュームもしっかりあって、お腹も心も大満足な一品でした!
え?
コレって卵とじのカツ丼を別皿に分けただけじゃないのかって?
・・・・・。
その件については。
触れないのが。
「おとな」ってモンです。(謎)
ごちそうさま。
[参考]
・煮カツセット:1,000円
・ライス大盛り:150円
松任明治洋風館 お願いだからあんまり細かく見ないでね
2021年11月06日

松任駅からほど近く、街中を歩いていると唐突にい~い感じのレトロ建築がポコッと現れます。
それが松任明治洋風館。
明治30年にこの地で産婦人科医を営んでいた竹田忍の医院として建てられました。
これが素敵でしてね。
決して派手でも大きくもないんですけど、でもものすごく味があって。
思いっ切りハートにどきゅん!と刺さるのですわ♪

やっぱこのフロントマスクですわね。
2階にガスッと張り出すバルコニー。
蔓と矢をあしらった鉄の手すりの紋様がいかにも西洋してて。
かと思えば、その真上、屋根の上には日本建築の千鳥破風。
かと思えば、さらにその天頂には洋風建築のファイニアル(三角屋根の上にぴょこっと突き出てるヤツね)。
この中途半端な和様のハイブリッド。
いかにも明治時代の洋風建築だ~(笑)。

玄関ポーチもイケてますな!
柱は中央にほんのり膨みを持たせたエンタシス。
足元には日本的な礎石を置かず、背の高い西洋式のペデスタルを配置。
柱の上には西洋建築装飾のスタンダード「エンタブレチュア(ギリシア神殿をモチーフとする梁)」をドーン!
シンプルなんだけどね。
まだまだやろうと思えばアレコレ盛り込めるんだけど、そこを寸止めしちゃってる所がまたニクイですわな。
ジレンマの美です。(←ナニそれ?)

壁は窓の下限を境に、上を下見板張り、下を羽目板張り。
さらにその下の基壇はレンガ積み。
に、見えるけど、これは全部ダミーです。
板は現代の合成壁材、レンガはタイルです。
この建物、平成9年に竹田氏から市に寄贈され、その際に移築されているそうなので、多分その時に補修工事して外壁を張り替えちゃったのでしょう。
元々はちゃんと板張り壁にレンガ基壇だったはず。
これじゃなんとなく安っぽく見えてしまって、ちょっと残念。

中の構造はこんな感じ。
入れるのは中央の通路と展示室1だけで。後はガッチリ鍵が閉まってて侵入不可能。
例のバルコニーにも上れません。
行きたいなー2階!
高い所大好きなんですわ(サルなので)。
バルコニーに立ちたいー!!

1階中央の通路。
この辺りも移築の際、ごっそり化粧直ししてあるっぽいですね。
腰回りの羽目板は明らかに張り替えられてるし、壁も塗り直されてるし。
でも床のレンガだけは当時のものをそのまま使い回してあるっぽく、使用感むんむんで妙にリアルです。

突き当りには「竹田医院」の看板。
なんか古いお寺の扁額みたいになってるな(笑)。
どこに掛けられていたものかは謎。
モノとサイズから考えて、入口ポーチ上の白壁の上に掛けられてたのかなーって気がしますが、昔の写真を見るとそこに看板なんか掛かってないし。
ひょっとしたら表の塀にでも取り付けられていたのかもしれません。

展示室1の内部。
ここでは医院時代の様子と、竹田家について紹介されています。
なんやら色々置かれてますな、産婦人科グッズ。
わたしゃ医者じゃないので、聴診器と顕微鏡くらいしか用途が分からんですが、こんなの使って診察してたんですね。

壁には歴代竹田家当主の写真がズラリ。
この建物を建てたのは左から2番目の人です。
一番右側の人が多分現在の当主。
はっきりとは書いてないけど、どうもこっちにはいないみたいです。
そして全員産婦人科医さんです。
代々お医者さんって、すげー家系だな(汗)。

最後にちょっと前庭も見てみましょう。
縦横の直線で構成されたカクカクしたレンガの通路。
その通路を囲むザ・西洋式の庭園。
・・・・っぽい庭園。
多分この庭も平成9年の工事で整備したものでしょう。
いかにも付け焼刃的で、正直言って中途半端。
せめて花壇なんかあったらもっと西洋的になるんだけど、予算の関係でか後々のメンテナンスを考えてか、ご覧の通り植栽と石を申し訳程度に置いてある妙な造りになっています。

この一角なんか全く意味不明ですな。
松に灯籠に飛び石。
完全に日本庭園のアイテム。
和風・洋風、どっちの路線でやりたいのよ?みたいな。
ただこの燈篭は元々竹田家の庭で使ってたものらしいので、ここにこれがあるという事自体には意味がある訳で。
でもそれならそれで、もっとこの灯籠を生かした庭の作り方ってのもあるはずで。
う~ん・・・。
やっぱ中途半端。

楽しさとツッコミ所に満ち溢れた(?)松任明治洋風館。
明治レトロな洋風建築が大好き~って人ならきっと気に入ってもらえると思うので、ぜひ一度訪ねてみて下さい。
裏に駐車場があるので、車での来場もオーケーです。
それとこの館、申し込みすれば集会とかで使えるみたいです。
多分使用料無料。
興味のある人は管理組合に問い合わせてみて下さい。
関連タグ >> 古建築
荒屋古墳群 古墳力が試される試練の現場
2021年11月03日

能美の住宅地の中にある松が岡古墳公園。
その名の通り古墳がある公園です。
史跡としての名称は「荒屋古墳群」。
この古墳群にはA支群とB支群があり、公園として整備されているのはA支群の方で、B支群は住宅地に飲み込まれて現在はもうありません。
昔お墓だった場所に家を建てて住む。
うーん・・・。
ナンか出そうで、ちょっと怖ぇーな(笑)。

では松が岡古墳公園のマップから。
どこから入っても構いませんが、正面口は赤三角形の位置。
そこから長い階段をトコトコ登った先に古墳群があります。
マップを見て分かる通り古墳はふたつのエリアに別れて建造されており、方墳ゾーンと円墳ゾーンがあります。
時代的には方墳ゾーンの方が古いそうです。
では現場の様子を見て行きましょう。

1号墳です。
分かりますかね?
微妙~~~に山になっています、微妙に。
最初に断っておきますが、ここの古墳、鑑賞するためにはめっちゃ古墳力が必要です。
古墳力のない人の眼には、え?コレが古墳?的なただの「盛り上がり」にしか見えません。
実際わたしの眼には、え?コレが古墳?的なただの「盛り上がり」にしか見えませんでした。(←古墳力ゼロ)

その極地の例がこちら、2号墳です。
まさに、え?コレが古墳?的なただの「盛り上がり」。
というか「盛り上がり」すらありません。
平地です。
普通~~~に周りと同じ高さです。
分からん・・・。
どーやったらコレが古墳に見えんのよ?(汗)

そんな難易度MAXな中、比較的古墳っぽく見えるのがこちら、4号墳。
画像じゃちょーっと分からんですが、現場で見るとちゃんと盛り上がってるのが分かります。
古墳力なくても、言われりゃ、ん~~~??古墳・・かな?くらいは感じられます。
別に進入禁止って訳じゃないので、興味があったら上に上がってみてください。
なんとなーく四角形になっているのが視認できます。

ちょっと円墳も見てみましょう。
こちらは7号墳。
なんとなーく丸く盛り上がっているのが分かります。
これも比較的理解しやすい例。
でもね、やっぱ難易度高いのあるんですわ。

これはすぐ近くにある12号墳。
どこにあるんだよ、盛り上がり?(汗)
ホント不思議ですよね。
見る人が見れば分かるんですかね、コレで?
だって盛り上がってすらいないんですよ。
それでなんで「ココ古墳」って分かるの?
せめてもうちょっと盛り上がっててもらわなきゃ、古墳って言われても全然ピンと来んですわ。

さてこの荒屋古墳群、よーく注意して回っているとあるミステリーに気付きます。
案内板には「ある」のに、現場には「ない」古墳があるのです。
具体的に挙げると5号墳と13号墳。
この2基は公園内を何回グルグル回っても見つかりません。
わたしね、こういうのすっげー気になるのですわ。
なので意地で探しました。
そしたらね、ありましたよ、ちゃんと。

まず13号墳。
歩道から飛び出して古墳エリアにずんずん踏み入った先に見付かりました。
標柱倒れとるがな・・・・。
これじゃ歩道からいくら探しても見つからんはずですわ。
って事で、この位置が13号墳ってことで決定。
やっぱ全然盛り上がりないけど。

そして5号墳。
これが最も難易度が高く、散々探してようやく発見した標柱がこちらです。
倒れて腐っとるし・・。
これじゃいくら探しても分からんはずですわ。

って事で、ここが5号墳という事で確定。
一応なんとなーく盛り上がってはいます。
いやー深いな、古墳。
もっともっと古墳力磨かんと全然分からんわ。
未整備古墳、ハードル高ぇーーー!!!

以上、荒屋古墳群の現場からお届けしました。
もーマジ古墳力必要ですわ、ここ。
シロウトにはかなり高難度。
なので訪問する時はあまり難しく考えず軽~~~い気持ちで、えー?コレ古墳ー??分からんわー、うひゃひゃひゃひゃ♪くらいのマインドでどうぞ。
肩の力を抜いて見学してもらった方が多分楽しめます。
そして古墳力のある人は!
そのパワーを存分に生かしてマニアックにご鑑賞ください。
兼六園 瓢池 日本庭園はなぜ池に島を浮かべたがるのか?
2021年11月01日

兼六園の真弓坂口から入場し、最初に目にする大きな池が瓢池(ひさごいけ)です。
池の中央部付近がくぼんだ形をしている事から、この名前(瓢=ひょうたん)が付きました。
実はここ、兼六園のスタート地点となります。
現在約12ヘクタール(東京ドームの2倍強)ある兼六園ですが、元からこのサイズだった訳ではなく、まずはこの瓢池周辺の作庭から始まりました。
その後竹沢御殿が隣接されたり、そこからさらに拡張されたりを繰り返し、今ある大きさにまで膨れ上がったのです。

池の面積は約760坪、サッカーコートの大体半分くらい。
静かに照り返す水面を周囲の高木が鬱蒼と覆いつくす、どこか幽玄な雰囲気を放っています。
園内でも屈指の落ち着いた空間。
ここがね、い~いんですわ。
気持ち良く抜ける池の広がり、起伏に富んだ地形、木々の緑、静と動が交錯する水のしつらえ、そのどれもが楽しく、目に肌に心地よく。
不思議な癒しが心を満たしてくれます。

ではまず池全体の様子から確認。
水はこのちょっと向こうにある霞ヶ池(かすみがいけ)から引かれていて、流入口には高低差を利用した滝が設けられています。
池内には2つの島を配置し、大きい方の島へは石橋を渡って上陸可能。
北側には夕顔亭という茶亭を置いて、池の風情を眺めながら茶の湯を楽む事ができるようになっています。

この池で一番の見所がこの翠滝(みどりたき)。
約6.6メートルの高さから一気に水が落ちてきます。
着水地は坪状になっておらず、岩に直接たたきつける恰好になっているので、水しぶきが強烈!
さらにその先は粗い石が段上に並んでいるので、小さな落差が連続し、白い水流が勢いよく池に注ぎ込む、というダイナミックな景観になっています。
生きてますねー、水が。
池の静寂を打ち破るこの一点の水の激しさ、なんとも風情があります。

その滝の左側にも注目。
どうですこの岩、人の手に見えません?
親指を内側に折り込んで、残り4本の指を柔らかく立てた形。
これは「仏掌岩(ぶっしょうせき)」と呼ばれるもの。
この岩の形がお釈迦さまの手を表していて、池に仏の祝福を取り込むという意味があります。
自然石で作った大仏さま(の一部)といった感じですかね。
・・・・うそです。
単に思い付きで書いたネタです。
でもどう見ても人の手に見えるな。
ジャンケン岩って名前どう?(笑)

こちらは日暮らし橋。
池の中島へと架かっている橋です。
表面模様はご覧の通り四半敷き。
斜めに並ぶ正方形の連続が実に幾何学的で、自然石を多用する事の多い日本庭園の中にあって、極めて人工的な空気を放っています。
それゆえか妙な吸引力があって、なんかね、渡りたくなるのですよ、この橋を。
おお~~ココ渡っとかなおれんわ~、みたいな。
ってコトで早速渡りましょ♪

その渡った先の中島に立っているのが、こちらの海石塔。
江戸時代からあるんでね、苔の厚みハンパねー!
そしてこの海石塔、よーく見ると傘の部分と火袋の部分の疲労感が露骨に違います。
傘はボロボロ、火袋はまーそれなりにキレイ。
なぜ?
これ、素材を変えてあるんです。
傘の石は海から持ってきたもので、風化・劣化しまくった虫食い石。
火袋の石は山から採ってきもので、まだフレッシュな石。
つまり傘の部分がボロいのは元からこうなんですね。
制作者のこだわりです。

ところでこの中島、何のためにわざわざ島にしてあると思います?
別になくてもいいと思いません?
これね、日本庭園のオキマリ思想なんですけど、神仙島をイメージしているのです。
神仙島とは不老不死の仙人が住むと考えられた伝説の島です。
方丈(ほうじょう)・瀛洲(えいしゅう)・蓬莢(ほうらい)と3つあり、海石塔のある島が方丈、その先にある小さな島(岩島)が瀛洲、現在夕顔亭が建っている場所(今は陸続きだけど昔は島になっていた)が蓬莢って事らしいです。
こうして神仙島を池に浮かべることで、不老長寿を願ったんだとか。
健康不安のある人。
この島にしっか~りお願いすれば、長生きできるかもしれませんよ!

そして夕顔亭。
江戸時代から現在地に建っている茶室です。
カッコええな~この建物。
分厚く重くかぶさる茅葺屋根の下に、細身の柱が優雅に伸びて。
壁は素朴な土壁。
明かり障子はなく、開口部を守るのは木戸。
この木戸を開け放つと瓢池をダイレクトに眺めることができ、明媚な庭と一体となりながらお茶を楽しむことができる。
ん~風流だ♪

兼六園の始まりの地、瓢池。
ややもすると素通りして終わりがちですが、とんでもない!
見所いっぱいです。
兼六園に来た際には忘れずに立ち寄って、その魅力を思う存分楽しんでいってください。
池のほとりにある三芳庵では食事もできます。
江戸時代から続く名園の池を眺めながらお昼をいただくってのもいいですよ!
堅田城跡 やっぱ山城、怖ぇ~~~~(震)
2021年10月30日

金沢市森本方面、山の中にひっそりとある山城が堅田城(かただじょう)です。
とにかく山の中です。
お城見学と言うよりも、ほぼ山歩きになります。
根性のない人は来ないでください。(←?)
そのくらい山の中です。

ではまず大まかなマップから。
入城ルートは2つ。
墓地の上と神社の裏のいずれかです。
お好きな方からどうぞ。
構成としては主郭を中心とした曲輪群とそれを繋ぐ通路でできており、所々に堀切や竪堀、切岸といった防御施設が施されています。
主郭には櫓台も認められているので、お城現役時代には物見櫓もあったようです。
では個別に見て行きます。

通路はどこもこんな感じ。
細くうねって、片側は急斜面の崖。
ちょこっと足を滑らしたら下に向かってザザザザーーー!
危ないったらありゃしない。
守る方にすりゃ楽ですわな。
どんなに大軍で来ても、敵はこの細い通路を通らなきゃ前へ進めないから、わざわざ一列になってくれる。
そこを弓で射かけたり、上から大きな石を落としてやれば、勝手に向こうでパニクって山の下にこんコロこんコロ転げ落ちていくのですよ。
地の利というヤツです。

通路から上を見ると、そこは曲輪。
曲輪とは山を削平して作った広場の事で、当然守備側の兵が大量に常駐しています。
そして上からガンガン攻撃してくるんですね。
たまりませんわな、やられる側は。
上から見下ろされたら身を隠す場所がないですからね。
やられ放題ですわ。

こちらは堀切。
堀切とは曲輪と曲輪の間に作られた溝です。
こうして曲輪同士の通路を切断することで、一方の曲輪が敵の手に落ちても、すかさず次の曲輪に進撃できないようにしてあるのです。
と同時に、防御構造としても優れています。
敵は基本、この下の溝を伝って来ますのでね。
それを上から狙いすまして挟み撃ちで攻撃できるのですよ。
攻め手にすれば、右と左から弓矢や落石の雨あられ。
もう地獄ですな。

ちょっと変わったものにこんなのがあります。
畝形阻塞(うねがたそさい)。
画像じゃよく分からんですが、通路左側に連続して縦溝が並んでいます。
これ何のためにあるのかと言うと、敵の横移動を封じるためのものです。
敵もバカじゃないので、攻撃されたら左右に動いてかわそうとします。
しかしこうして溝を縦方向に並べて掘ることによって、横に動けなくなるんですね。
で、足を取られてもたもたやってる内にガッツンガッツンやられちゃうのです。
しかも上の人間がやられたらそのまま転がり落ちてくるから、下にいる者まで巻き添えを食うというね。
まさに被害のドミノ倒し!

そして曲輪です。
ここまで来たら攻め手の勝ち、ここの死守が守備側の生命線。
山城攻めというのは、端的に言えば、ここを取るか取られるかの攻防戦です。
堅田城の曲輪は段状になっていて、完全に真っ平らにしてある訳ではなく、まあラフと言えばラフ。
でもこのタイプの山城というのは、戦闘時にだけ使用する使い捨てのものなので、とりあえず最低限の構造だけ用意できればそれで十分だったのです。
なのでかなり大雑把。

ここは主郭と呼ばれる曲輪。
本丸と言った方がピンと来ますかね?
いわば堅田城の心臓部とも言える場所です。
主郭なので当然一番標高が高く、周囲一面を見渡せます。
ここから敵の位置や戦いの状況を確認し、適時兵を出したり攻撃の指示を出したりするんですね。
そのためにこんなものもあります。

櫓台。
山のてっぺんなので元々見通しがいいのに加え、そこに櫓を建ててさらに高い場所から見渡せるようになっています。
櫓と言うとなんやら立派な建物があったような印象を受けるかもしれませんが、ここにあったのはそんなに大したものじゃありません。
それこそ掘っ立て小屋に毛の生えた程度。
高さはせいぜい5~6メートルくらいですかね?
高い足場さえ確保できればそれでいいのです。

最後に主郭からの眺め。
いや~壮観ですな♪
ふもとが一望。
と、今なら言えるけど、いざ戦闘となったら命懸けですからね。
きっと当時の人々は胃がキリキリ引き絞られる緊張感の中で、ここからの景色を眺めていたのでしょう。

中世の山城、堅田城。
石垣や建物といった類のものは一切ない大雑把な城跡ですが、その分想像力をふんだんに働かせて遊ぶことができます。
ここに一体どんな光景が広がっていたのか、そしてどんな戦いが繰り広げられたのか、どうぞ思いっ切り妄想しまくってください!
そして何度も言う通り、現場はほぼ山歩きです。
お越しの際には動きやすい服装と靴で。
雨上がりにはかなり足元がぬかるむはずですので、天気にもよく注意してください。
ではレッツ・エンジョイ・山城歩き♪
堅田城跡
住所:石川県金沢市堅田町
関連タグ >> お城