
一乗谷朝倉氏遺跡 復原町並
2019年07月06日

一乗谷。
かつて戦国武将朝倉氏が治めた土地です。
朝倉氏は元々は兵庫県養父(やぶ)市の出身で、南北朝の頃、斯波高経(しばたかつね)に連れられて越前へとやって来ました。
やがて時代が下り応仁の乱の頃、当時の主であった斯波義敏(しばよしとし)を追放し、さらにライバルであった甲斐氏をも追い落とし、越前国守護へと成り上がります。
いわゆる下克上ってヤツですね。
そしてここ一乗谷に拠点を構えたのです。
一乗谷ってのはその名の通り谷でして。
地形そのものが敵の侵入を阻んでいます。
両側は急峻な山、その間を切り裂くように川が流れ。
谷の前後を石垣と土塁でふさいで完全封鎖。
いわば町全体を城壁でぐるっと取り囲んだような、巨大な大要塞となっているのです。
驚きなのは防衛機能だけじゃありません。
町割りも実に計画的に設計されています。
町内には大道路をビシッと通し、その両脇に宅地を整然と配置。
1軒1軒きれいに区分けされた様子は、現代の住宅団地とほとんど変わりありません。
しかも各家にはトイレと井戸が個別に備えられているという、当時としては最先端のインフラも導入。
地方の一都市とはとても思えないような、高水準な住環境を実現していました。
そんな町並みを再現したのが復原町並。
行ってみれば分かりますけど。
めちゃめちゃカネかけてますよ~(笑)。
通りの両側をざっと走る土塀。
時代劇のロケなんかにも利用されるそうで、時代感むんむん!
歩いているだけでまるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚に襲われます。
その土塀の向こうには復元屋敷。
発掘調査を元に当時の造りを忠実に再現したそうで。
板拭き屋根に土壁を施した、戦国期の住宅の様子をそのままに見られます。
さらに奥へと歩くと武家屋敷に交じって町家も登場。
本来武家地と町人地ってのは完全に分けられているのですが、何しろ狭い谷間の都市。
限られた土地を有効活用するには、そうも言ってられません。
経済活動こそ国を支える大事な基盤。
カネを生む町人地が武家地をぐいぐい侵食していくのは必然の流れだったのです。
今も昔も世の中は「カネ」ってコトですな(笑)。
これら復原町並を楽しんだ後は、朝倉氏の歴史を学習。
町の奥には、休憩がてらに朝倉氏遺跡の見所を見られるシアターが備えられています。
すぐ隣にある平面復元地区や、道を挟んだ先にある館跡などを詳しく紹介。
見学のポイントがしっかりと押さえられます。
時間は短いですが内容はかなり凝縮されてますので、ここは絶対に観ておいてください。
かつて越前朝倉氏が作り上げた一乗谷の町。
最終的には織田信長に滅ぼされ悲しい結末を迎えるのですが。
その息吹は今も生きています。
当時の情景を思い浮かべながら、ゆ~ったりと歩いてみてください。
時間のある人は周りの遺跡の見学もぜひどうぞ。
まともに見て回ると軽く1日潰れます。
とっても疲れますが。
楽しいですよ~♪
一乗谷復原町並
住所:福井県福井市城戸ノ内町 28-37
TEL:0776-41-2173