
長町武家屋敷跡 長町街園 武家屋敷の庭がコンパクトに体感できるト〇レ
2020年07月04日

長町武家屋敷のエリアにちょっと面白い場所があります。
長町街園です。
ここ何かというと、公衆トイレです。
あ?公衆トイレ?と思われるかもしれませんが、ココワブケヤシキのマチ、ただの公衆トイレではありません。
なんと江戸時代の武家屋敷の庭を再現した、ザ・武家庭公衆トイレ(←?)となっているのです!
とりあえず敷地の構成から見て行きましょう。

こんな感じ。
まず中央にある公衆トイレを武家屋敷に見立てる。
そこを中心に左を「表庭」、裏を「小背戸」、右を「背戸」として設定しています。
なるほどね。
コンパクトながら、こうして見れば当時の武家屋敷の庭の様子が実に良く分かる・・・と思っていただければバンバンなのでございますが。
多分ほとんどの人が、んんーー????(悩)・・って感じだと思います。
この図を頭に入れて園全体を見ても、なんかイマイチイメージし辛い。
ので、ちょっといじってみたのが下の図。

武家屋敷なんて今の個人住宅と同じく一件一件仕様はバラバラなので、あくまで参考例となりますが。
一応実際のイメージとしてはこんな感じになります。
まず正門があって、そこから前庭。
前庭を抜けると玄関があり、来客はそのまま接客空間である表座敷へと通されます。
この座敷から見える庭が「表庭(庭園)」。
一方、こうした迎賓スペースとは別に生活のための場も当然あります。
そのひとつが台所。
この台所にある出入り口がいわゆる勝手口となるのですが、その勝手口周りの庭地が「小背戸(勝手庭)」。
さらに家人の居住スペースである居間。
今で言うリビングですね。
ここから見える庭が「背戸(裏庭)」。

では改めて長町街園の様子を見て行きましょう。
こちらが「表庭」部分になります。
植えられている木はクロマツ、サクラ、ユズリハ、タムケモミジ。
あと井戸なんかもあります。
それと庭石がチョロチョロ。
正直言って殺風景。
ただ微妙なんですよね~。
江戸時代の一般的武家屋敷の庭、という事を前提にすれば、こんなモンだったかもしれません。
武家屋敷庭園と言えば、金沢では野村家とか玉泉園あたりが著名ですが、アレは例外。
あんなのがそこら中にボンボンあったとは到底考えられない。
むしろこのくらい地味な方が、かえって現実味があるような気もします。

こちらが「小背戸」。
トイレの裏側ですね。
植えられている木はモッコク、アラカシ、アカマツ。
狭いですわ。
この狭さにリアルな生活感を感じますわ(笑)。
考えてみれば、今の家も大体こんな感じですよね。
勝手口の外回りなんて、それこそ人が通れればいいわくらいなのが一般的。
ここがずどーん!と広くて、ゴテゴテにデコレーションされてて、なんて普通はないはず。
これはまあこんなモンでしょう。

そしてこちらが「背戸」。
植えられている木はヤマモモ、アラカシ、モミジ、スダジイ、カキ、ウメ、サザンカ。
ここは生活の一部としての場所でした。
食用果樹が植えられていたり、畑になっていたり。
鑑賞的要素ゼロ。
そもそも江戸時代の武士って、結構貧乏でしたからね。
特に下級武士なんかは毎日の生活でピーピー、内職でもやってないと食っていけませんでした。
なので家の庭も食料確保という、実に泥臭い使われ方をしていたのです。

その背戸の一角に興味深い案内板があります。
土塀についての解説です。
長町武家屋敷界隈の一番の見所と言えば、つらつらと続く茶色の土塀。
ノスタルジックムード満点の土壁は、ああ~~江戸時代だ~って気分を思いっ切り掻き立ててくれます。
その土塀の内部はどうなっているのか?を説明してくれているのがこの案内板です。
合わせて工法についての説明もあります。
ほほほーー土壁ってこうなってて、こうやって作んのね、とひと目で理解できます。

そして実際作られたのがこのサンプル。
結構古く見えますが、バリバリの現代製。
基礎だけは強度の関係で現代工法を用いていますが、上物は完全に江戸時代の造りを再現しています。
これが味がありましてね。
やっぱ土塀っていいですわ。
うちもこんなカッコイイ土塀でずどん!と家を囲ってみたい!
オカネかかるから無理だけど・・・(貧)。

江戸時代の武家屋敷の庭の様子がそれなりに(←?)味わえる場所、長町街園。
ここを見て武家屋敷の庭がどういうものだったかを理解できるかと言われると、ちょーっとアレですが。
そこはまあイマジネーションを思いっ切りフル回転させて、なんとか頑張って想像してください。
って言うか基本は公衆トイレですからね。
あんまりベッタリしつこくウロチョロしてると、ヤバイ人とか思われるかもしれんね。(笑)
長町街園
住所:石川県金沢市市長町 1-2-15
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