店主たみこの観光案内日記

若宮八幡宮 末社編 その2 隠された本殿がここで見られる?

2021年10月04日

若宮八幡宮の池と反り橋

 

拝殿に至るまでの参道に8つの末社がズラリと並ぶ若宮八幡宮。
この末社ひとつひとつがね、い~んですよ♪
それぞれに個性があって、色んな見所があって。

 

前回はその内の4社を見てきました。
今回は残り4社を見て行きます。

 

諏訪社の鳥居

 

まずは諏訪社。
ご存知長野県にある諏訪大社の分社で、祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)です。

 

この神さま、妙な経歴を持ってまして、武勇の神であるにも関わらずあっさり負けてます。
出雲にいた頃、建甕槌神(たけみかづちのかみ)という天の神に完膚なきまでやられて、信濃まで逃げたとされているのです。
ところがその後どうなったかというと、土着の有力神やガマの悪神を次々と打ち倒し、この地の支配神&武勇の神として崇められる事になったのです。
強いの?弱いの?ドッチ?って感じなのですが、まあ強いんですね、結論としては。
わたしの個人的な見解としては、「負けた」神話と「強い」神話は元は別々の話で、それが後世に強引にドッキングされてしまったのではないかと考えているのですが、まあその辺の考察は専門の学者さんにお任せします。

 

諏訪社の社殿

 

社殿は梁間二間・桁行三間の平入り、黒瓦を乗せた切妻屋根となっています。
オーソドックスかつコンパクトな造り。

 

建物が細身なせいか、全体の印象がシャープですね。
屋根もふわんと見た目にライトで、近寄りやすい、どこかフレンドリーな外観。

 

社殿の内部

 

内部は奥に窪みがあって、そこに神棚が祀られています。
ご神体は丸鏡。

 

上部に掛けられている扁額は何ですかね?
色が完全に落ちてて、文字が書かれていたのか絵が描かれていたのかさえ不明。
多分赤外線でも当てたら浮き出てくると思うんだけど。

 

誰か機械持ってない?

 

春日社の鳥居

 

そのお隣にあるのがこちら、春日社。
あの有名な奈良県にある春日大社の分社ですね。
祭神は建甕槌神、経津主神(ふつぬしのかみ)、天児屋根神(あめのこやねのかみ)、比咩神(ひめのかみ)の四柱。

 

建甕槌神は先述の通り、建御名方神をぶん投げた武勇の神ですね。
経津主神も同じく武勇の神で、建甕槌神と双璧を成す強さを持っています。
天児屋根神は言霊の神で、あの天岩戸伝説で天照大御神(あまてらすおおみかみ)を穴倉から引っ張り出したメンバーのひとりです。
比咩神は女性神を指す時の漠然とした呼び名で、ここの場合は天児屋根神の后神を指しています。

 

春日社の拝殿

 

こちらの社殿も先に見た諏訪社同様、オーソドックスな造り。
黒瓦を葺いた切妻屋根に軒下は真壁作りの白漆喰、腰回りは平板張り。
奇抜さのない落ち着いた外観となっています。

 

何気に組み物(柱の継ぎ目)が見事ですね。
カッチリと美しく仕上げられてて、雲様の彫刻が施されてて。
軒下にさり気なく連続する支輪のカーブが実に優美。

 

拝殿内部の様子

 

内部の様子はこんな感じ。
部屋の奥の一角がへこんでいて、そこに木製の厨子が収められています。
扉がガッチリ閉じられているので、中の様子は不明。

 

春日大社なんかだと、4棟の本殿がずらずらーっと横一直線に並んでるので、ひょっとしたらここもそんな感じになっているのかもしれません。
厨子の中にはご神体が4つずらずらー、あるいは神棚が4つずらずらー。
横広の厨子がなんとなーくそんな光景を想像させます。
ま、開けてもらわんと分からんけどね。

 

隣の神庫

 

社殿の横には神具庫が接続。
中に何が収められているのかはやっぱり不明。

 

何気に壁面にたすき桟が施されているのにお気づきでしょうか?
たすき桟とは以前静明寺の記事で取り上げた通り、進入禁止を意味する装飾です。
神具庫なんでね、中に入っちゃダメよって事ですね。

 

ダメって言われるとねえ、余計に入りたくなるわね(笑)。

 

高良社の鳥居

 

続いて高良社(こうらしゃ)。
祭神は蛭子命(ひるこのみこと)、竹内宿禰公(たけうちすくねこう)、源頼義公(みなもとのよりよしこう)、藤原鎌足公(ふじはらかまたりこう)の4柱。

 

蛭子命は七福神でお馴染みの、えべっさんですね。
竹内宿禰は景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の天皇に使えた人物で、約300年生きた(!)と言われています。
源頼義は鎮守府将軍などを歴任した武勇の人で、若宮八幡宮の創始の発起人です。
藤原鎌足は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と共に乙巳の変(大化の改新)を起こした人物です。

 

高良社の社殿

 

社殿は黒瓦の切妻屋根。
全体のサイズはやや小振り。

 

やけに高い基壇が特徴的ですね。
おかげで一番手前にある向拝柱が妙ににょっきり長くなっちゃってます。
そしてもうひとつ特徴的なのが、屋根上両端にあるシャチホコ。
よく見ると大棟には青海波模様のデコレーションもされています。
これらは共に水の加護を意味し、火事除けのまじないとされています。

 

社殿前の石

 

そんな社殿の前に謎の石。
いかにも何か意味ありげに置いてあるので、何か意味があるんだろうけど、その説明が一切なく、謎。
なんやろね?

 

ひょっとしたらですが、竹内宿禰が鬼に積ませたと伝わる神籠石(こうごいし)のつもりかもしれません。
あるいは真ん中がくぼんでいるので、かつては手水鉢だったとか。

 

ん~~~・・分からん・・・・(悩)。

 

稲荷社の鳥居

 

そして最後、稲荷社。
祭神は豊受比咩神(とようけびめのかみ)と大田神(おおたのかみ)。

 

通常稲荷神社の祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)とされることが多いのですが、ここで祀られている豊受比咩神はこの宇迦之御魂神と同体だそうです。
大田神は天孫降臨の際、天の神を地上へと道案内した神です。

 

稲荷社の社殿

 

こちらの社殿、超ミニマム。
社殿というより神棚と呼んだ方がしっくり来るくらい。
ただそれでもひとつひとつの意匠は手を抜かずに作られており、細部まで精巧に仕上げられています。
デアゴスティーニも真っ青!(←?)

 

社殿斜め横から

 

このミニ社殿、縁起書きによると『本殿落成を祝して十分の一の縮尺にて制作したのがこの稲荷社神殿です』となっています。
ここで書かれている本殿と言うのは恐らく若宮八幡宮の本殿の事を指していると思われます。
ところが実際見比べてみると、この稲荷社の社殿と若宮八幡宮の社殿、全然造りが違います。
え?どこが縮小版?って感じ。

 

これ、非常に紛らわしくて分かりにくいのですが、境内から見える建物は拝殿と呼ばれるもので、本殿ではありません。
本殿があるのはこの拝殿の向こうです。
つまり稲荷社社殿のモデルは、参拝者からは見えない場所にある建物なんですね。

 

って事で若宮八幡宮の本殿が見たい~って人、この稲荷社社殿をじーっと見て、これのでっかいの~~~と妄想して、ガマンしてください。

 

若宮八幡宮の宝塔

 

以上、若宮八幡宮の参道に並ぶ末社の様子を2回に渡って見てきました。

 

どれもが単独で神社にできるくらいしっかりした社殿を持つ末社群。
やっつけ的に同じ造りの物を横一列に並べるんじゃなくて、ひとつひとつ個性が際立っててキラッキラ。
いいですよ~、ここの末社は。
若宮八幡宮に参拝の際には、どうかこれら末社のお参りも忘れずにしていって下さい!

 

 

若宮八幡宮

住所:石川県白山市若宮 1-100

TEL:076-275-0513

ホームページ:若宮八幡宮公式サイト

 

 

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若宮八幡宮 末社編 その1 素通り禁止のザ・神社ストリート

2021年10月02日

若宮八幡宮の参道

 

白山市にある若宮八幡宮のもうひとつの見所。
それはズラリと並ぶ8つの末社。
末社とは本宮に付随する小さな神社の事です。

 

「八百万の神」って言葉を聞いたことがあると思うのですが、日本の神さまってそれこそ数えきれないほどたくさんいます。
しかも縁結びとか安産とか学問とか、それぞれに専門分野を持っています。
そんな神さまをお願い事に応じてアッチお参りしてコッチお参りして、なんてやってたら面倒臭くてしょうがない。
そこでひとつの神社に何種類もの神さまを祀る、という不思議な習慣が昔から行われてきました。
その一神社複数神を実現させているのが、この末社システムなのです。

 

若宮八幡宮の境内図

 

ここで若宮八幡宮の境内地図を確認。

 

まず入口に一の鳥居。
そこから参道が始まり、その参道に沿って左に6社・右に2社、合計8の末社。
さながら神社ストリートの様相。
しかもひとつひとつの建物がしっかりしてて、それぞれに個性があって。
これらを比較しながら追いかけてみると楽しい~のですよ♪

 

それでは早速見て行きましょう!

 

菅原社の鳥居

 

まずはひとつ目、菅原社(すがはらしゃ)。

 

祭神は菅原道真公(すがはらみちざねこう)。
言わずと知れた学問の神、天神さまですね。

 

この人は平安時代の貴族で、すげー頭が良かったと言われています。
でもまあ色々あったんでしょうな、晩年に福岡の太宰府へと左遷されてしまい、失意のまま生涯を閉じる事となります。
するとその後都で天変地異や凶事が続けざまに起こり、こりゃ道真の祟りだー!と噂され、その鎮魂のためにお祀りされたのが、今日の天神信仰の始まりとされています。
なので元々のルーツはたたり神なんですね。

 

菅原社の社殿

 

社殿はこんな感じ。
屋根は黒瓦の切妻、桁行三間、梁間二間の平入り。
壁は上部白漆喰、下部板貼り。
質素シンプルなつつましい造り。

 

右側に続いている建物は多分神具庫です。
奉斎の道具やなんかが収められていると思います。

 

社殿内部の様子

 

社殿内部の様子。
奥がちょっと窪んでいて、そこに神棚らしきものが置かれています。
この中にご神体が収められているんですね。

 

上に掛けられている扁額には『神如在』の文字。
ここに神さまいるんだよ~って事を表しています。

 

大御神社の鳥居

 

続いて大御神社(おおみじんじゃ)。

 

祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、豊受大御神(とようけおおみかみ)。
伊勢神宮内宮外宮の神さまですね。

 

創建は1063年との事なので、本体である若宮八幡宮と同年。
つまりスタート時からこうして末社として存在していた事になります。
恐らく創建に関わった山上新保介(やまがみ しんぼのすけ)、あるいはその上司である富樫介(とがしのすけ)のいずれかが、伊勢神宮との間にパイプを持っていたのでしょう。

 

大御神社の社殿

 

社殿はなんかメッチャ民家。
普通にどこかの民家を移築して、若干神社風に味付けしただけでねえの?みたいな感じ。

 

実際本当にそうかもしれませんね。
ありえなくはない。
一から造るより既にあるものを使い回した方が断然コスト浮くしね。

 

社殿の内部

 

こちらは社殿の内部。
中央に開口部があって、奥の本殿へと続いています。
本殿内部には高欄(こうらん・手すり)の付いたきざはし(階段)と、その先に両開きの扉。
この扉の向こうにご神体があるって事ですね。
伊勢神宮由来なので、恐らく丸鏡が置いてあるのでしょう。

 

舟越社の鳥居

 

3社目、舟越社(ふなこししゃ)・白峰神社(しらみねじんじゃ)。
元々舟越社が先にあって(1274年創設)、後から白峰神社が合体した(昭和37年)そうです。

 

舟越社の祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)・少名彦名神(すくなひこなのかみ)。
大物主神は出雲大社の神、少名彦名神はその大物主神と共に全国行脚をして国造りを助けた神ですね。

 

白峰神社の祭神は崇徳天皇(すうとくてんのう)。
この人も道真同様、流刑によって讃岐に流されて無念の生涯を閉じ、その恨みから数々の祟りを起こしたと言われています。
そしてやっぱり道真同様、鎮魂のため神格化されて、「たたり神」から「いい神さま」に180度イメチェンしちゃったという、よー分からん由縁を持っています。

 

ちなみにこの崇徳天皇と菅原道真、それに平将門(たいらのまさかど)を加えた3人は「日本三大怨霊」と呼ばれています。

 

舟越社の社殿

 

社殿です。
こちらはバリバリ神社してますね。
(ほぼ)左右対称、中央に切妻の向拝を据えて、屋根上には千木(ちぎ・V字型のツノ)がバーン!

 

この社殿は白峰神社にあったものを持ってきたんだそうです。
なので元々は神社のセンターを飾っていた、メインの建物なんですね。

 

うん、確かに民家感はないな(笑)。

 

そして、目ざとい人は既にお気づきかもしれませんが。

 

逆立ち狛犬

 

逆立ち狛犬~~♪♪

 

いますわ、ここにも。
後ろ足ぴょこ~~んと立てて♪

 

疲労感がハンパないですな。
アチコチ欠けまくってボッロボロ。
石材は凝灰岩ですかね?
多分若い石なので柔らかく、雨風で簡単に崩れたのでしょう。

 

負けるなー!
頑張れーー!!(逆立ちを)

 

子安社

 

4社目、子安社(こやすしゃ)。

 

祭神は木花咲那姫命(このはなさくやひめのみこと)。
天照大御神の孫で天孫降臨の主役である邇邇芸命(ににぎのみこと)の奥さんです。
クセの強い神さまで、不貞の潔白を証明するために産屋に火を放って出産したという謎な武勇伝(?)を持っています。

 

子安社の灯篭と社殿

 

平成16年に奉納とのことなので、作ってまだたったの17年。
見ての通りのミニマムサイズで、島崎亮という大工の棟梁さんの作だそうです。

 

カッケーな。
小さいがゆえに技術がぎゅっと凝縮されてて。
アンバランスにデカい屋根上の大棟がめっちゃイカシますわ!

 

若宮八幡宮の二の鳥居

 

と、今回はここまで。
残り4つの末社は次回ご紹介します。

 

あんまり末社までいちいち見る人はいないと思うんですけどね。
でもこの神社の末社は、本当に数も質も充実しててね、神社LOVE魂をくすぐるのですよ。
残り4社もイケイケですゼ!

 

 

若宮八幡宮

住所:石川県白山市若宮 1-100

TEL:076-275-0513

ホームページ:若宮八幡宮公式サイト

 

 

関連タグ >> 神社 逆立ち狛犬 若宮八幡宮 

 


若宮八幡宮 古代と現代が交錯する不思議な空間

2021年09月29日

若宮八幡宮

 

全国に約44,000社あると言われる八幡宮。
白山市にある若宮八幡宮はそんな中のひとつです。

 

創建は平安時代末期の1063年、源氏と平氏がザワザワし始めるちょっと前。
当時鎮守府将軍だった源頼義(みなもとのよりよし)の命によって興されたとされています。
建設に当たって具体的に動いたのは、この地の有力者であった富樫介(とがしのすけ)の家臣であった山上新保介(やまがみ しんぼのすけ)。
伝説によると一夜にして鎌倉の草木生い茂る森が出現し、その地を社地と定めたのだとか。
んなわきゃないのですが、それが今の若宮八幡宮に繋がっている、という事らしいです。

 

若宮八幡宮の一の鳥居

 

まず入口にガンとそびえるのが一の鳥居。
石造りの明神鳥居です。

 

鳥居も立派ですが、その先に続く参道がいいですわな。
高木がかぶさるように生い茂ってて、幽玄なムードむんむん。
これから神域という別世界に入り込むんだ~っていう、独特の緊張感が伝わってきます。

 

常夜灯

 

鳥居をくぐるとすぐ左手に見えるのが、こちらの常夜灯。
見るからにレトロチック。

 

作られたのは明治35年。

一見何なのか意味不明ですが、恐らく燈篭って事なのでしょう。

火袋の部分にギヤマン(色ガラス)がはめ込まれたスタイリッシュなフォルムは、西洋文明が一気になだれ込んだ明治という時代を象徴するかのような斬新さです。
かつてここには毎晩明かりが灯され、神社の入口を照らしたんだとか。

 

幻想的ですな。
今やっても夜のデートスポットとして人気が出そう。

 

若宮八幡宮の参道

 

そしてその先にズバッと参道が続くわけですが、すげーのですよ、ココが。
左右に末社がズラズラーっと8社。
ほとんど神社のデパート状態。
何のコレクションだよ?みたいな(笑)。

 

これについてひとつひとつ紹介していくと話が長くなるので、次回改めて。
とりあえず今回はスキップ。

 

拝殿

 

そしてどどーんと登場、拝殿。
赤瓦のかぶさった、横広の建築です。

 

社殿を覆うアルミサッシが少々物悲しいですわな。
近年こんな神社が増えてますが、建築を思いっ切り堪能したい建築マニアにとってはこんな邪魔なものはない。
撤去して欲しいーー!!!

 

神功皇后渡韓之図

 

この拝殿、内部がね、すげーイカしてるのですわ。

 

中央に架かる大きな扁額は『神功皇后渡韓之図』。
神功皇后(じんぐうこうごう)とはこの神社の祭神である八幡神、つまり応神天皇(おうじんてんのう)の母親。
伝承によれば彼女は身重のまま今の朝鮮半島へと攻め込み、新羅・百済・高麗を服属させ、その後に帰国して誉田別尊(ほむたわけのみこと・後の応神天皇)を出産したのだとか。
この絵はその三韓征伐の様子を描いたものですね。

 

いや~シブいな~。
これ見ただけで、この神社来て良かったな~って思わせる、素晴らしい絵です。

 

若宮八幡宮の逆立ち狛犬

 

そして拝殿の前にはもうひとつ素晴らしいものが。

 

逆立ち狛犬~~~~♪♪
しかもここは左右両方ともが逆立ち狛犬。
うれしい~~~♪

 

狛犬が逆立ちしているっていうのは、金沢を中心とするこの地方独特の文化。
他県にも同例がない訳ではないのですが、その存在は極めて稀。
こんだけゴロゴロ見付かるのは、日本中探してもここだけなのです。

 

絵馬殿

 

拝殿の左には絵馬殿。
と言っても絵馬なんかどこにもなく、単に倉庫になってます。
中には神輿などの神具もあるのですが、なぜかタイヤとか台車とか段ボールとか訳の分からんものも色々。
手当たり次第に詰め込まれててゴッチャゴチャ。

 

いや~生活の臭い感じるわ~(笑)。

 

御神輿堂

 

反対側には土蔵。
神社の境内案内によると「御神輿堂」という事になっています。

 

でも神輿は先に見た絵馬殿に片付けられてるのでね。
ここが実際に神輿の収蔵庫として使われているのかは不明。
中の様子は見えませんが、単に物置として使われている可能性大。

 

ただ平安末期から続く古社ですのでね、大量のお宝が眠っている可能性も大。
一体何があるのか?
ん~~~中見てみてーーー!!!

 

神饌田

 

境内の様子を一通り見たら、裏手にも回ってみてください。
ぽこっと四角いエリアが現れます。

 

これは神饌田(しんせんでん)と呼ばれるもの。
要するに神に捧げる米を作る田んぼです。
神事としての稲作が行われ、秋には稲の奉納式が行われます。
伊勢神宮なんかにもある、古代から残る風習です。

 

若宮八幡宮の標柱

 

古社ゆえに様々な時代の名残りが混在した若宮八幡宮。
なんか結構カオスなんですけどね、でもいいのですよそれがまた。
この神社を参拝する時は、そんな時代時代の痕跡をひとつずつ拾いながらご覧ください。

 

次回は今回紹介し切れなかった末社について見て行きます。

この神社はメインだけじゃなくて、これらの小神社もイカしてるのですよ。

つぶさに見て行くと楽しいですよ~。

 

 

若宮八幡宮

住所:石川県白山市若宮 1-100

TEL:076-275-0513

ホームページ:若宮八幡宮公式サイト

 

 

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みつや まぐろのづけ丼 じとじとにタレの染みたマグロが悶絶エクスタシー!

2021年09月27日

みつや まぐろのづけ丼

 

この日はトコトコ街歩き。
意味もなくアッチぶらぶらコッチぶらぶら歩いて、気付けばお昼。
おーしメシ食うか、と飛び込んだのが窯焼きおにぎりのお店みつや。

 

店内はテーブル1卓+カウンター。
わたしはお独りさまなので、迷わずカウンターに着席。
しばらくメニューをじーっと眺めて、選んだのが”まぐろのづけ丼”。
え?おにぎりの店来ておにぎり食わねーのか?と思われるかもしれませんが、はい食いません。
だってマグロが呼んでるんだもーん!!(謎)

 

みたいな流れから、今回はみつやにて”まぐろのづけ丼”を。
豚汁付けて食べたおします。

 

まぐろのづけ

 

まぐろのづけ。

 

身はゼリー質のぶるっぶる。
ぱっと水気が弾けて、脂の甘みがゆる~と溶け出して、海の香りがふわりと湧き立って。
たまらない充実感。

 

そしてタレ。
マグロのみずみずしい身の中にじっとり染みた濃厚なタレの味が、ン~もぉ~目が覚めるほど強烈!
醤油ベースのうま味・甘みが、マグロの軽快な味にぐっと喰い込み、美味さの密度をぎゅう~っと凝縮させる。

 

まぐろのづけのごはんと具

 

そんなマグロちゃんをごはんと一緒に。

 

ごはんは真っ白ふかふか。
やや粘り弱めのパサついた感触。

 

このごはんにタレがじと~っと染みてましてね。
これだけで悶絶美味ぇ~んですわ♪
なのにこの上にさらに激旨マグロの重爆撃を容赦無用の大量投下!
しかも濃密なタレがべとべとに染みたマグロなんで、破壊力が超絶激烈。
口の中から飛び出すくらいの爆力で、ずどん!ずどん!と大炎上!

 

も~ね!

シアワセの唾液が止まらねーわー♪♪

 

釜炊きおにぎり みつや 豚汁

 

豚汁。

 

味噌の濃度は濃いめ。
コシの強い赤味噌の味がゴッツリと落ちる。

 

具はニンジン・大根・ちくわ・豚バラ肉、量どっさり。
粒は小さめなんだけどね、ホントどっさり入ってるので「食べてる感」満点。
文句ナシの充実感。

 

ただちょーっと塩強すぎ。
もっと塩気を押さえたライトな味にして欲しい。



もしゃもしゃ食べて、完食。

 

みつやの”まぐろのづけ丼”。
美味ぇーわ。
涙ダバダバで美味ぇーわ。
やっぱ日本人として魚+米の鉄板コンビはハートにしみますな~♪



ごちそうさま。





 

[参考]
・まぐろのづけ丼:660円
・味噌汁→豚汁チェンジ:100円

 


 

 

釜炊きおにぎり みつや

住所:石川県金沢市本多町 3-10-15 押野谷ビル

TEL:076-205-7827

ホームページ:みつや公式Twitter

 

 

 


一本杉通り ザ・レトロな建築散歩が楽しいクラシックロード

2021年09月25日

一本杉通り

 

七尾の商店街の中にある一本杉通り。
長さ約500メートルほどの、古くからあるショッピングストリートです。
かつては大いに賑わった通りなのですが、今はまあアレね、アレ。
全然人おらん(笑)。

 

でもね、い~んですよ、ここが。
しっかり吟味しながら歩くと、建築マニアの心くすぐる建物が所々にあって。
思わずハートズキュン!

 

では早速見て行きましょう。

 

高澤勇吉商店

 

まずは一発目、高澤勇吉商店。

 

カッコエー!!
いきなりカッコエーー!!
何なのよ、このザ・ブラックなマスク?
黒瓦に黒壁、そして褐色化した大看板。
スタイリッシュさゼロ、暑苦しくて汗がダラダラ出てきそうなほど重たい外観に、もー喜びの涙が止まらない!(嬉)。

 

高澤勇吉商店の銅看板

 

看板は銅看板ですね。
1階庇部分の屋根も銅板葺き。
これがい~い具合に酸化して、味のあるシブ~い深緑色に。

 

この色はね、時間をかけなきゃ出せないんですよ。
何十年もの間雨と風にさらして、ようやく出てくる古老の色。
まさしく生きた文化財!

 

高澤ろうそく店

 

二発目、高澤ろうそく店。

 

こことね、後から紹介する鳥居醤油店が一本杉通りの二大メジャーです。
テレビで一本杉通りが紹介される時、この2軒はほぼ間違いなく登場します。
「和ろうそく」という商材もキャッチーなのですが、お店のおかみさんの人となりがいいんですよ。
まあ今回は建築がテーマなのでその辺は深く掘り下げませんが。

 

高澤ろうそく店の黒漆喰壁

 

先に見た高澤勇吉商店同様、この建物もザ・ブラック。
コッテコテに黒で固められています。

 

これね、火事対策らしいのですわ。
明治38年にこの辺り一帯で大火があり、その反省からこのような防火性能の高い土蔵建築が盛んに建てられたのだそうです。
その後のスクラップ&ビルドでそんな土蔵造りの家も徐々に姿を消してきていますが、今もこうしてわずかながらに残されているのです。

 

宮下商店

 

三発目、宮下商店。
木造・白壁・格子窓、ガッチガチの町家建築。

 

木造の格子がイカシてますわね。
今ならアルミサッシをはめ込んで簡単~に済ましちゃうところですが、ここに木の枠を入れるのですよ。
この木という素材が生む質感・温もり。
日本建築が持つ清貧の美しさです。

 

宮下商店前のポンプの機械

 

軒先にはなんかの機械が置いてあります。
なんでもこちらのお宅、ポンプ屋さんなんだそうで。
これもポンプなんですかね?
わたし機械の事はよー分からんのですが。

 

素材は鋳鉄(ちゅうてつ)ですね。
ごっちり重くて粘りのない鉄。
マンホールの蓋なんかにも使われているヤツです。

 

しら井

 

四発目、しら井。
海産物屋さんです。

 

こちらも土蔵ですね。
一見三階建てに見えますが多分二階建て、二階の屋根の上にもう一段ある屋根は恐らく煙出しでしょう。
つまりこの真下が囲炉裏になっていて、出てきた煙をこの上の窓から逃がすのです。
今はもう囲炉裏はないだろうけど。

 

北前船のイカリ

 

店の前には船のイカリ。
これ、飾り用のオブジェじゃなくて本物です。
昭和13年に運送会社の船が偶然海中から引き上げたもので、北前船に使われていたものと考えられています。

 

すごいね。
鉄なんて塩水に漬けておいたらすぐに錆びてボロボロになるイメージがあるけど、こうして海底で何十年、ひょっとしたら100年くらい沈んでてもちゃんと形が残ってるんですね。
いやー立派だ。

 

これも鋳鉄ですね。

 

・・・素材の話はもういい??(笑)

 

鳥居醤油店

 

五発目、鳥居醤油店。
その名の通り醤油屋さんです。
ここもコッテコテの黒。

 

腰回りがタイル貼りってのが変わってますね。
建物のテイスト的に、通常ならこの部分は下見板張りにするのが定番なのですが。
これも火事対策なんでしょうね。
板と違ってタイルは燃えないし。

 

鳥居醤油店の黒壁と荒格子

 

二階の窓にはやっぱり木格子がビシッ。
それも骨の太い荒格子。

 

これは潮風対策でしょうね。
ここは海のすぐ近くなので、恐らく空気に相当の塩分を含んでいるはず。
鉄製品はもちろんですが、木も痛みやすくなります。
だからこうして骨を太くすることで、ちょっとくらい痛んでも折れないようにしてあるのでしょう。

 

茜屋

 

六発目、茜屋。

 

ここで突然モダンな西洋風建築。
でもレトロな雰囲気もあって、不思議とこの町並みの景色に違和感なく溶け込んでいます。

 

今は喫茶店となっていますが、元々は何の建物だったんですかね?
銀行か、あるいは何かの庁舎だったのかなーって気がしますが。
詳細は不明です。

 

茜屋の洋風建築

 

素敵ですわねー。
屋根の中央を割って三角屋根を組み入れ、軒下にはデンティル(歯形装飾)。
二階には上げ下げ式の縦長直線窓を、一階にはアーチ窓を配して見た目のリズムに変化を付け、その中間にストリングコース(横線の1本装飾)を入れて上下を分断。
さらに角にはクォイン(隅石装飾)を並べる。

 

いや、エエわ~♪
シビれるほどエエわ~♪♪

 

一本杉川嶋

 

そしてトリがこちら、一本杉川嶋。
現在は日本料理店として営業しています。

 

一本杉通りの古建築の中で一番インパクトのある建物はどれ?と聞かれたら、間違いなくコレですな。
いわゆる看板建築。
建物の正面を平面的にデコレーションした、昭和の初め頃に流行ったスタイルです。

 

今やったらダサいんですけどね、でも昔のものはカッコイイ。
だってそこに時代の匂いが残っていますからね。
これもいいな~♪

 

一本杉川嶋の看板建築

 

お分かりですかね、一階入口上部に万年筆がデコレーションされているのが?
左右に1本ずつ、中央にインク壺。
よく見ると二階の窓の形も万年筆のペン先の形になっています。

 

これ、元々ここが文房具屋さんだったからです。
今じゃ万年筆なんて使ってる人ほとんどいませんが、昔はトレンドとしてもファッションとしても最先端のアイテムでした。
それをこうして店舗正面にデザインすることで、道行く人の目線をつかんだのです。

 

一本杉通りの入口

 

大正~昭和の世界観を今に残す一本杉通り。
人通りがなく、ショッピングをする場所としては少々物寂しいですが、散策には最高の場所です。
どうぞ1軒1軒の造りをじっくり見ながら、そこに込められた意味や楽しさを思いっ切り追いかけてみて下さい。

 

なお毎年ゴールデンウイークになると通りに面して花嫁のれんがずらりと飾られます。
花嫁のれんとはこの地域だけに残る風習で、輿入れの日に花嫁が嫁ぎ先でくぐるのれんです。
1年でこの時だけしか見られない期間限定の眺め。
せっかく行くならこんなタイミングに合わせて行ってみてもいいかもしれませんよ。

 

 

一本杉通り

住所:石川県七尾市一本杉町

ホームページ:一本杉通り振興会公式サイト

 

 

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