
小松城 天守台
2019年08月31日

かつてここ石川県には、金沢城を超える規模のお城がありました。
小松城です。
元々は若林長門守が加賀一向一揆の拠点として築城したのが始まりと言われています。
低湿地帯を利用した堅固な城で、強力な防御力を備えていました。
しかし織田信長配下の柴田勝家によって、1579年に落城。
その後村上頼勝(むらかみ よりかつ)→丹羽長重(にわ ながしげ)と城主が移り、最後は加賀前田家の所有となりました。
そのまま前田家によって受け継がれていけばいいのですが、ここでひとつの事件が起こります。
幕府による一国一城令です。
ひとつの藩に城はひとつしか認めん!という厳し~~お触れ。
当然幕府には逆らえず、小松城は一旦廃城とされます。
この一国一城令で、全国に3,000あった城が一気に170にまで激減したんだとか。
現代のお城好きにとってはまさに悪魔の法令。
しかし!!!
小松城はなんと復活します。
復活の救世主は加賀藩三代目藩主前田利常。
隠居して金沢から小松に移り住むから、築城の許可をくれと幕府にかけあった所。
返事はなんと「OK」!
これはもう奇跡的な事で。
ひとつの藩に城はひとつしかいらん!今ある城も改築増強は許さん!という情勢の中で、まさかの「新築いいですよ~」の認可ですからね。
一体裏でどんな根回しがあったんですかね?
こうして出来上がったのが第2期小松城。
その規模広大で。
敷地面積は金沢城のほぼ2倍!
デカすぎ!(笑)
しかもただデカいだけでなく、防衛機能も強力。
城の周囲をこれでもかってくらい水堀で囲みまくりました。
いわゆる水城ってヤツですね。
これだけ水でグルグルに囲まれると、例え大軍で攻めてもちまちまとしか兵を送り込めず、数の優位を生かせなくなり。
一方で守る側は、少数でも粘り強く抵抗できて。
まさに難攻不落を絵に描いたような城でした。
とは言え江戸時代。
もう戦はありません。
せっかく作った大要塞も使い所なく、結局は利常の遊び場となってしまいました。
その一つがこの天守台。
デカくて頑丈。
その気になれば五重の天守が建てられるほどの立派な土台なんだそうですが、ここに建てられたのは二重三階の数奇屋造りの質素な櫓。
中にはゆったりくつろげる座敷なんかがあったりして。
全然戦争意識してない(笑)。
その他にも城内には利常好みの茶室や庭なんかも設けられたそうで。
なんとも緊張感のない、ゆる~い城だったようです。
この城は明治時代まで維持されたものの、現代に入って宅地化の波に飲み込まれ。
象徴だった水堀も失われ。
かつての姿はそのほとんど消えてしまいました。
残っていれば貴重な文化遺産だったんですけどね。
本当ぉぉ~~~~に残念です。
往時の巨城のかすかな痕跡、小松城天守台。
民家と学校に挟まれた、なんとも言えないチグハグな場所に唐突にポツンとあるのですが。
大事な大事な歴史の足跡です。
どうかじーーーっくりとご鑑賞ください。
すぐそばには同じく小松城の名残りである芦城公園があります。
こちらもなかなか見応えがありますので、ぜひ合わせて訪問してみてください。
小松城
住所:石川県小松市丸の内町
関連タグ >> お城
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