高岡城 大手口~本丸◆現代アートで飾られた往年の名城
2021年06月26日
現在は高岡古城公園として整備されている高岡城。
名前からお分かりの通り、元々はお城でした。
ただお城であった期間はあまり長くなく、築城&入城が1609年、幕府の一国一城令で廃城となったのが1615年なので、お城期間はなんとたったの6年でした。
でも不思議なもんでね。
残ってんですよ、今も良好な状態で。
他のもっと歴史あるお城が宅地化や取り壊しの波に飲み込まれて次々と痕跡を消していく中、ここ高岡城は当時の姿をかなり忠実に留めています。
その裏には地元住民の熱い熱~い「お城愛」があったそうで。
やっぱ城を守るのは人なんですな。
そんな高岡城の様子を、今回から3回に渡ってお届けします。
まずは入口、大手門口。
ギンギンきますな、このエントランス。
画像じゃ写ってませんが、手前には水堀が走っていて、お城の入口感全開!
本来はここに立派な大手門なんかもあったんでしょうね。
そりゃーデカくて頑丈なヤツがガーン!と。
そんな入口入ってすぐの右手には銅像。
高山右近(たかやま うこん)像です。
高山右近、恐らく名前くらいはご存知でしょうが、戦国時代のキリシタン大名です。
大阪の方の生まれで武勇に優れ、一時期城持ち大名にまでのし上がったものの、秀吉のバテレン追放令によって放逐。
その後加賀藩の前田家に召し抱えられ、その時にこの高岡城の築城に関わったとされています。
ここに銅像が建ってんのはそんな縁からなんですね。
最後は家康のキリシタン国外追放令でトドメを刺されて日本を脱出、フィリピンのマニラにまで落ちのびたものの、現地到着後わずか40日で病死してしまいました。
そんな悲劇の人物です。
ではここで高岡城の全体図を紹介。
城域は二重の水堀と6つの曲輪で構成されています。
輪郭式(りんかくしき)と梯郭式(ていかくしき)をドッキングさせたような構造。
それゆえ防御力は非常に高かったと言われています。
これらの曲輪の内、鍛冶丸には高岡市立博物館が、二の丸には高岡護国神社が、本丸には射水神社があります。
このレポートについては過去記事を参照してください。
って事で話は一気に本丸広場まで飛びます。
ずばっと芝生広場。
高岡城内で最も見通しのいい場所です。
本丸なので恐らくここには立派な御殿が立ち並んでいた事でしょう。
当然城主である前田利長(まえだ としなが)もここで起居していたはず。
どんな屋敷があったのか興味は尽きませんが、なにしろ6年で消えた城、詳しい資料は残っていません。
ん~残念。
見たかったなー当時の姿!
この広場は現在『芸術の森』と称され、数点の美術作品が展示されています。
ちょっと追っていってみましょう。
まず一発目、齋藤素巌(さいとう そがん)の『行路』。
人がみっしりと密着しながら歩く様子を描いています。
それもなんかやたら息苦しそう。
これは生きるという事の苦しさ、でも前進するしかない、「人の宿命」を表現したものなのだそうです。
確かに生きるってツライですな。
わたしの人生なんてそりゃもー悲惨で、聞くも涙、語るも・・・・話が暗くなるので次イキます。
澤田政廣(さわだ せいこう)の『レダ』。
こちらはギリシア神話がモチーフとなっており、レダとはスパルタ王テュンダレオースの妻で絶世の美女だったと伝えられている女性です。
そんな彼女を見初めたゼウスが白鳥に化けて接近・・・その結果そういうコト(いやん♪)になっちゃっいました。
子供まで生まれたそうで。
ギリシア神話をご存知の方なら周知の事実ですが、ゼウスってすげー女にだらしないのですわ。
そこら中で女喰って、子供作ってんですね。
ただその裏には古代の民族統合の過程で、散り散りだった多民族の民話に登場する神の物語が寄せ集めて詰め込まれたって経緯があるんですけどね。
つまり今に伝わるゼウスの伝説は、複数の神々の物語の集合体なんですね。
そう考えるとあっちこっちに女作ったゼウスの浮気グセもまーしゃーないですわな。
と、納得できてしまうのは男の心理?(笑)
もう1個イキますか。
こちらは朝倉文夫(あさくら ふみお)の『競技前』。
この競技ってのは水泳なんんだそうで。
みなぎってますわな~、エネルギー。
溜め込んだパワーを爆発させるぞという決意、その爆発前の一瞬を切り取った作品。
この後だばっと水に飛び込んで、鍛え抜いた技と力を発揮するんでしょうね。
若さと青春の熱さを感じさせる、生命力にあふれる像です。
その奥にはいきなり騎馬像。
前田利長像です。
この城を建てたお殿さまですね。
頭にかぶるのはナマズ兜。
コレ前田家のシンボルみたいなもんで、加賀前田家の祖である前田利家も自らのトレードマークとして戦場で実際に着用しています。
なんでナマズかと言うと民間信仰。
ナマズは地震を起こすと伝えられており、ひるがえってそれは大地を震わす程のパワーを象徴しています。
そんなナマズ(の尾)を兜に飾ることで、強いぞオレ様!ってのを主張しているんですね。
さらに横に進むと、大きな碑が建っています。
こちらは瑞龍前田公遺徳碑(ずいりゅうまえだこういとくひ)。
この「前田公」ってのも利長の事です。
「瑞龍」はこの近くに利長の菩提寺である瑞龍寺があるので、多分そこから取ったものでしょう。
碑の根元には龍を掘った玉。
四方に1個ずつ置いてあります。
この龍が恐らく瑞龍って事なのでしょう。
この瑞龍ってのがやっかいで、色々調べたのですが分からんのですよ。
『瑞』には「天が善政に感じてくだす、めでたいしるし」って意味があるそうなので、『瑞』+『龍』で「善政を行う者の元に現れる龍」と解釈できます。
つまりそれが利長だと、そう言いたいのではないのでしょうか?
遠回し過ぎる・・・。
以上、高岡城の大手口から本丸までの様子を見てきました。
ぼーっと歩いてると見落としがちですが、深掘りしていくとなかなかに面白さのいっぱい詰まったエリア。
散策の際は、ぜひそこに込められたメッセージのひとつひとつを読み取りながら歩いてみてください。
次回はこの先にある中の島と小竹藪を見て行きます。
ここは高岡城内でもっとも景色のいい場所。
そんな空気感もぜひ一緒に感じてみてください。
関連タグ >> お城 高岡古城公園 公園
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コメント
1.瑞龍とは
瑞龍とは、利長の戒名「瑞龍院殿聖山英賢大居士」のことですよ。瑞龍寺は正に利長のための菩提寺なので、その名があります。
となわんこ 2021-06-30 15:57:52
>> このコメントに返信
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