風と砂の館 ザ・内灘な歴史と人の紡いだ痕跡を見よ
2021年11月17日
内灘町の歴史や文化を紹介した施設、それが風と砂の館です。
「風と砂」なんて集客施設に付けるにはふさわしくない、えらく寒々しいネーミングですが、その意味は現場に行けば分かります。
場所は内灘砂丘の上。
海風びゅーびゅー。
なるほど「風と砂」だわ(笑)。
まずは館内マップから。
建物は2階建てで、1階に3つ、2階に1つの展示室で構成されています。
各部屋には「粟ヶ崎遊園」「内灘闘争」「世界の凧」「弥生時代&大正・昭和の時代」のテーマが設けられており、それぞれに合わせた展示が行われています。
ぶっちゃけかなりカオス。
ある程度内灘という土地の近代史を知っていないと、イマイチ喰い付きにくい内容となっています。
どうか入館に際しては、期待値のハードルをあまり上げないようお願いします。(←?)
まずは一発目、粟ヶ崎遊園コーナー。
粟ヶ崎遊園ってナンじゃ?って人がほとんどだと思いますが、大正14年に造られた娯楽施設です。
敷地面積実に6万坪(東京ドームの4倍強)、遊園設備だけではなく、劇場や動物園、旅館に大浴場まで備えた一大エンターテイメントスペースでした。
モデルはズバリ宝塚。
「北陸の材木王」と呼ばれた平澤嘉太郎(ひらさわ かたろう)が私財35万円(現在の価値で約40億円)を投入し、なんと鉄道まで引っ張って作り上げました。
が、時代は日中戦争から太平洋戦争へと向かう真っただ中。
あえなく事業はコケ、昭和16年に寂しく閉園となったのです。
こちらは操業当時の模型。
スゲーな。
壮観だったろうな、この規模。
これ全部残ってれば、今頃強力な観光資源になってたんだろうけどね。
今じゃドコにあったのかも分からないくらい跡形もなくなってます。
でもね、ほんの欠片ですが当時の断片が残ってるんですよ。
それがこちら。
粟ヶ崎遊園の本館入口。
風と砂の館の前庭にあります。
思いっ切り西洋建築を模してますね。
アーチ形のゲートとその両脇にフルーティング(縦型の溝)を施した円柱(を真似た装飾)。
アーチ部分のギザギザ模様がちょっと意味不明ですが、まあこれが大正時代はスーパーモダンだったのでしょう。
続いて内灘闘争コーナー。
内灘闘争、は?ナニ?って感じでしょう。
これね、非力な地域住民が強権ガンガンな国と戦った基地闘争事件です。
時は昭和27年、朝鮮戦争がドンパチ行われていた頃。
国がここ内灘の砂浜を、アメリカ軍の試射場にすると言い出したのです。
納得いかないのは地元住民。
凄まじい反対運動を展開し、徹底的に抵抗しました。
最終的には国に力ずくで押し切られる結果となったのですが、日本史上初の大規模な基地反対闘争として今も語り草となっています。
見て下さい、このおばーちゃん。
目が真剣です。
そりゃそうですわね。
自分の生まれ育った土地が米軍の演習場になっちゃうんですからね。
今も頻繁に起こる沖縄米軍の不祥事問題を考えると、当時のこの反応は正しかったと言えます。
もし内灘がそのまま米軍基地になっていたら、なんて考えるとゾっとしますわ。
世界の凧コーナー。
なんで凧?って気がせんでもないでしょうが、内灘の砂浜は広くて、風が強くて、凧を上げるには最適な環境なんです。
ゆえに毎年5月には「世界の凧の祭典」なるものが行われています。
その名の通り砂浜のあちらこちらで凧が上げられ、地元では必ずニュース番組でその模様が紹介されます。
正直、わたしこのイベントには行ったことないんですけどね、結構楽しいらしいですよ。
おヒマな方は行ってみて下さい。
その部屋の一角にあるのがこちら、孔雀のタペストリー。
これ何かと言うと、先に紹介した粟ヶ崎遊園の大浴場に貼られていたタイル画の復元です。
床に並べられているのがそのタイル画の現物。
なんでも粟ヶ崎遊園解体の際、町民がこのタイルをもらってずっと保管していたそうで。
それが平成8年に内灘町に寄贈され、同27年に復元再構成、それをさらにデジタル処理して復元したのがこのタペストリーです。
いやー見事。
これ屏風にして飾ったらカッコイイーだろうなー!
そして2階に上って弥生時代&大正・昭和の時代のコーナーです。
部屋全体がすげーノスタルジック。
失われた近現代の空気感がむんむん漂っています。
素朴だったんですね、この頃はまだ。
今みたいにテレビも携帯もなかった時代。
たった100年ほどで、人々を取り巻く環境はこんなにも変わったんですね。
そんな感傷にひたる中、やたら目につくのがこちら。
リアル過ぎやろ、このマネキンねーちゃん。
どんだけ精巧やねん?
なんか今にも動き出しそうやし。
そして美人だし♪
うわー!
持って帰りてぇー!!!!(←変態か?)
こちらは民家の居間の再現。
板床の中央に囲炉裏、その周囲にむしろが敷いてあります。
あと時代を感じさせるソレっぽい小道具がゴチャゴチャ。
恐らくイメージとしては、ごく一般的な漁師の家って設定だと思うんですけどね。
それにしちゃ、奥の木製の引き戸がやけに高級感あんですよね。
漆仕上げの枠に杉板を張って、そして引手には装飾付きの大振りな金具。
素材は真鍮かね?
もうちょっと貧乏臭いボロ戸にした方がリアリティ出るだろ~(笑)。
時代感チグハグですが、こんなものも出ているそうです。
縄文・弥生時代の遺物。
知らんかったですわ。
内灘で縄文や弥生時代の土器が出てたなんて。
しかも中には鉄器まであるし。
海辺のこんな塩気の強い所でも残るんですね、鉄器。
よーサビてなくならんかったもんやな。
内灘の近代史が見られる風と砂の館。
正直言って地味な所です。
びっくりするような展示は何もありません。
でもその素朴さやローカル色の強さが妙に心に残る、そんな不思議な施設です。
どうぞ軽い気持ちで内灘の近代史や文化をご観覧ください。
すぐ隣には入浴施設があります。
内灘の潮風を浴びたついでにちょっとひとっ風呂、って楽しみ方もできますよ!
関連タグ >> 美術館・博物館
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