
長町武家屋敷跡 新家邸長屋門 江戸時代の最新セキュリティテクノロジーを見る
2020年05月13日

藩政期の街並みを残す長町武家屋敷跡の一角にい~い感じの門があります。
新家邸長屋門(あらいえてい ながやもん)です。
長屋門とはなんぞや?というトコから説明しますと。
通常門ってのは塀に挟まれていますよね。
でも長屋門ってのはその名の通り長屋、つまり横長の建物に挟まれています。
建物って言っても倉庫だったり、ただの部屋だったり、居住スペースだったりと、使われ方は色々。
ではここの場合はどんな感じだったのか、ちょっと見ていきます。

まずは左側。
上に明かり取りの窓があるのが分かります。
明らかに人の背丈よりはるかに上。
窓がこんなに高い所にあるという事は中から外が見える必要がない、つまり人が活動する場所じゃなかったという事を意味します。
じゃあ何に使ってたのかと言うと、馬小屋。
昔はここに馬が繋がれていたのです。
スペース的に考えて2頭くらいいたんじゃないですかね。

そしてこちらは右側。
ご覧の通り窓は低い位置にあります。
ちょうど目線くらいの高さ。
という事は、この建物内部には人がいたということになります。
つまり何らかの部屋があるということですね。
何に使われていた部屋だったかと言うと、元々は仲間部屋(ちゅうげんべや)だったそうで。
仲間部屋とは下働人が寝起きする場所です。
構成は6畳×2部屋、なかなかに広いスペースが確保されています。

ちょっと目線を落として足元部分も見てみましょう。
基壇が石垣になっています。
積み方は亀甲積み、使用している石は赤戸室石。
戸室石とは金沢の山手で採れる安山岩で、赤と青の2種類があります。
生成過程は基本同じなのですが、ベースは青で、熱と空気接触の作用を受けたものは赤くなるんだそうです。
この石垣、良く見て行くとそれぞれの石に表情が付けられています。
形はバラバラ、表面の研磨筋の方向もバラバラ、模様の方向もバラバラ。
統一感ゼロ。
だけどそれによって全体で見ると独特のリズムが生まれ、踊るような石の連続が楽しめます。
江戸時代の石工の粋なこだわりですね。

で、改めてメインの門。
扉は観音扉の内開き。
その両袖に太く力強い鏡柱がどし~り。
重厚感一杯です。
補助金具には鉄ではなく銅を使ってますね。
やたらと重く頑強な印象の鉄に対し、銅は見た目にやや軽く、でも独特の深みがあって。
どこかシックで高級感を漂わせる、そんな素材です。

門下の敷石は長屋部分の基壇に使われているのと同じ戸室石。
敷き方は長方形の縦置き並列で、ここでは赤・青両方使っています。
目地の擦り切れ具合に疲労というか、リアルな使用感が出てますね。
築造年は分かりませんが、多分200年くらいは経ってるでしょう。
その間人が何万回も何百万回も歩いて踏んで通って、ここまですり減ったのでしょう。
なんだか当時の人間の息遣いまでが聞こえてきそうです。

門の右側を見るとこんなのがついてます。
ひょこっと飛び出した意味深な何か。
これは「武者窓」と呼ばれるもので、怪しい客が入ってこないかチェックするための窓です。
今でいう玄関モニターみたいなもんですね。
この窓、よーく見て欲しいのが形。
ちょっと出窓的になっていますよね。
このほんのちょびっと飛び出してるってのがミソでして、これによって視界が広がり、より広角度にあたりを見渡せるのです。

長町武家屋敷跡に今も残る新家邸の立派な長屋門。
私邸ですので中には入れませんが、外からの眺めだけでも充分楽しめます。
江戸時代の中級武士ってこんなイカツイ家に住んでたんだ~と、当時の情景を想像しながらご覧ください。
時間のある人はすぐそばにある野村家もどうぞ。
こちらは屋敷の内部を見学できます。
江戸時代の空気感みたいなものをより濃く体験できますよ!
長町武家屋敷跡 新家邸長屋門
住所:金沢市長町 1-1-41