店主たみこの観光案内日記

いぼとり石

2018年09月26日

 

兼六園のすぐ隣に金澤神社というちっちゃい神社があります。
その入り口右側に放生池というこれまたちっちゃい池があって。
そのほとりに看板付きの丸い石がことんと置かれています。

 

これが今回の主役のいぼとり石。
イボをすりすりとこすりつけるだけでコロン取れると言い伝えられる、摩訶不思議な石です。

 

イボがある方。
試しにすりすりしてみてください。

 

まあ。

 

100%取れませんが(笑)。

 

この石は元々ここにあったものではなく、能登の七尾の方から取り寄せたと言われています。
そこにはなんでも「いぼ池」って池があって、そこの石にすりすりするとイボが取れるという伝承があったとの事。

 

あったんですかね、そんな池?
実はこのいぼ池、詳細が全く不明で。
どこにあった池なのか、現在も分かっていません。
記録に残ることなく歴史の中にうずもれてしまったのか。
単なるよた話だったのか。
今やもう知る由もありません。

 

取り寄せたのは十二代藩主前田斉広(なりなが)の正室であった真龍院(しんりゅういん)。
公家の名門鷹司(たかつかさ)家から輿入れしてきた、超お嬢様です。

 

鷹司家は摂政や関白などの要職を歴任してきた家柄で、まあ貴族みたいな家格。
実際彼女の父親は関白だし、姉妹なんかも天皇家や将軍家に嫁いだりなど、浮世離れ感ハンパない。
そんなスーパーお嬢様が前田家にやってきた訳です。

 

しかし幸せな結婚生活を送っていたかと言うと、ちょっと???で。
当時の大名は参勤交代で生涯の半分を江戸で過ごしたと言われてますが、斉広は金沢で起こった大火の処理や、自身の病気により金沢での滞在期間が長く。
対して真龍院は江戸の住まいで暮らしていたため、共に過ごしたのは3年にも満たなかったそうです。
そのためか二人の間には子供がおらず、家督は側室の子である斉泰(なりやす)に継がれています。

 

彼女が金沢に移ったのは1838年、夫である斉広の死後14年も経ってからです。
その後亡くなるまでずっと金沢で過ごし、晩年の住まいとして起居したのが今も残る成巽閣(せいそんかく)です。

 

実際歩いてみると分かりますが、この成巽閣からいぼとり石のある金澤神社までは徒歩でも数分。
彼女がこのあたりを庭のように散策したであろうことは想像に難くありません。
まあ当時いぼとり石が置かれていたのはもうちょっと離れた梅林の中で、金沢神社のそばに移されたのは後の話だそうですが。
どちらにしても歩いてすぐの距離です。
毎日散歩がてら、この石をなでなでしては通ったのかもしれませんね。

 

ところでなぜいぼとり石だったのでしょか?
それも遠い七尾からわざわざ取り寄せてまで。

 

実はその辺はちょっと不明で。
イボで悩んでいたのか。
単なる興味本位だったのか。
超が付く石マニアだったのか。(←?)
彼女の真意を知るすべはなく。
今となってはもう永遠の謎です。



イボが取れると信じられる伝説のパワーストーン。
効果は全然保証しませんが、興味があったらぜひすりすりしてみてください。
もしコロンと取れたら。
多分地元テレビのニュースくらいには取り上げてもらえますよ!(笑)

 

 

金澤神社

住所:石川県金沢市兼六町 1-3

TEL:076-261-0502

 




エリア >> 石川県 > 金沢市 > 兼六町

 

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